ほら、こんな風に彼は意外にもウブな方であると思う。そして、少し前からともすれば勘違いしてしまいそうな『特別』に、聡い大和が気づかないはずがなかった。
もしかしたら大和の希望から発生した自惚れかも知れないけれど。どうせもうあんな風な幻惑を見てしまうぐらい拗らせているのだから、仕方がないと言えた。
「それで、もう大丈夫なの?」
尻尾を抱きしめながら、おずおずと聞いてくる九条天との距離感は、これが正解だと言える。あとあと、熱中症は程度が深いと幻覚が見えると和泉一織が言っていた。
「うん、もう大丈夫。お前さんたち、次の日同じスタジオで撮影だったって?」
「そう。現場のスタッフもだからか気をつかっていたよ。キミが倒れたおかげで、外に大きなサーキュレーターが三台設置された」
「三台、それは逆に撮影に支障が出るんじゃないか?」
「龍のサングラスが飛ばされちゃって、爆笑の楽が撮れたそうだよ、使えないけれど」
「ブッ! 目に浮かぶんですけど」
「二階堂さん」
同じ刀衆の出で立ちをして、大和を呼びに来たのは一織だった。『蒼(あおい)』の姿をした一織は、天と一度視線を合わせると、二人して同じタイミングでお辞儀した。十代の二人のそれが可愛くて、大和は押さえた手のひらの中で吹き出す。天がヂロリと大和を見上げる。
「……何?」
「悪いわるい」
「もぅ、若さを過信しないで、体調には気をつけるんだよ」
「へいへい」
「それに……また、あの衣装の和泉一織にドキドキしたりしたら、許さないからね」
「え」
「それじゃあ、あとで」
九条天は、そう大和にだけ聞こえるくらいの音量で囁くと、その大量の尻尾を抱えたまま、反対の方向のスタジオに向かって歩いて行ってしまった。残された二階堂大和は、最後に放たれた言葉に首を傾げていた。
「ホラ、行きますよ。皆さんもう待っています」
言われて、大和はノロノロと一織の方へ歩いて行くのに、少しだけイライラ青筋を立てて待っていたパフェ高は、近くに来た大和の腕をぐいっと引っ掴むと、左側のスタジオへズルズルと連行していく。
「聞いてなかったんですか? 着替えたら刀衆は第二スタジオへって」
「聞いてたきいてた、ゴメンごめんって」
第二スタジオに到着すると刀衆のメンツは大和と一織以外全員揃っている。カメラと、並んで立つ台座にまだスタッフが群がっていて、演者は少し距離を置いてそれを眺めていた。すると、腕を離した一織が、こんなことを言ってきた。
「最近、あの人と仲良しですね」
「最近? 俺と九条、お前さんの前で一緒に居たこととかあったっけ?」
「忘れたんですか? この間スタジオで九条さんがあなたについて居てくれたことを」
「……は?」
「翌日の撮影の打ち合わせで、スタジオの設備を前日に見に来られてたんですよ。どうも、最近は撮影の際TRIGGERのディレクションもされるようで、それもとびきり評判が良いとかで」
一織が若干悔しそうに話すのに、いつもだったら揶揄うのを楽しみにしている大和だったが、今はそれどころじゃない。
「この間、何だって?」
「だから、熱中症になったあなたに、九条さんが……」
「TRIGGERは翌日が撮影だっただろ?!」
「だから打ち合わせにって、言ってるじゃないですか!」
「は、はぁあああ?!」
一織の両肩を掴むと、ガクガクと前後に揺すぶってしまう。すると、刀衆のトップ役である『英(はなぶさ)』の扮装をした八乙女楽が二人に近付いてきてベリリと接触を引き剥がした。
「何やってんだ、もう撮るぞ。並べ」
「ケホ……二階堂さんが急に暴れ始めて……」
「二階堂は俺の左だろ? 来い」
そう言われてズルズルとセットの前に並ばされる。すると、先に段取り良く撮影を終えたのか、大和から見て、左の入り口からゾロゾロと妖怪たちが現れる。よせば良いのに思い切り九尾の狐を目で追ってしまう。
視線に気づいた九条天は、小道具の赤い扇子で一度口元を隠したあと、にんまりとそこから笑みを覗かせてきた。人差し指で薄い上品な唇を一度抑え、思わせぶりに放たれた六文字の口パクに、大和の体温がガガッと上がる。
「二階堂さん、ライト暑いですか?」
とスタッフから心配の声が上がり、大和の左に立った『詠(うた)』役のRe:valeの百がくいっと大和の顎を持って自分に向けさせた。
「うわ! 大和顔真っ赤じゃん……!! 大丈夫?!」
皆が心配して大和が恐縮する中で、壁際に立った狐の妖だけが、意味ありげに妖艶に笑って、それを満足げに見ていた。
<おしまい>
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