気がついたら、寝台に押さえつけている相手が違った。顔は全く同じだが、おそらく九条天が念願の末、恋人関係になった二階堂大和とは異なる人物だ。
……彼にだって会ったことはある。むしろ、彼を望んだように勘違いしていた時期もあった。奇跡が起き、一度彼に出会えたときに、そうではないと分かり、本当に好いている者への恋情に、天はようやく観念したのである。
そして、劣情にも。
彼と思いが通じたのは年明けの冬のある日で、今は秋も深まる十月半ばだ。他のアイドリッシュセブンのメンバーとその妹が居ないことを把握し、逃げられない場を作り、寮へ突入した。
恋人の二階堂大和と、腹を割って話したい内容があった。仕事や自分たちの立場の話を出して、どうにも煮え切らない大和に、九条天らしくもなく、業を煮やして押し倒したのは先ほどのこと(別に、本当に手を出そうとか、そういう気持ちはない。天だってファンへの姿勢に答えがまだ出ていないのだから)。
気づいたら、キョトンとこちらを見上げる二階堂大和の瞳に一切の邪が無くなっていて、捲(めく)りあげた腹に筋肉の凹凸が全く無かった。むしろ横腹の方なんかあばらがくっきりと見えていて心配になるレベル。
思わず、臓物がどこに入っているんだとばかりの臍のあたりの薄い皮膚を撫でたと同時に、その腹を折って相手が起き上がった。
「クジョウさん、お久しぶりですね……!」
「き、みは……」
「はい、シンカイです」
二階堂大和ができない気がする乙女座り(ぺたん座り)をし直して、ベッドに転がった九条天を猫が見上げるみたいにして覗き込んで来た(この距離感よ……)。天は唐突に脳裏に浮かんできた恋人の姿に、シンカイに向かって両腕を突っ張って距離を取った。
辺りを見回すと、外気はまるで心地良い夏の雰囲気を醸し出しており、二人が座るベッドも二階堂大和のシンプルなものとは大違いだった。丸く、木でできていて、何と言うかファンタジーでデコレーションされている。
「っていうことは、ここは『シレーナ』な、の?」
「はい! 観光しますか?」
「いや……ボクすぐに戻らなきゃ」
「?」
「大事な話をしていたんだ」
「はい?」
「二階堂大和と」
* * *
「美味しくないですか?」
「おいしいよ」
まるで最後の晩餐のテーブルのように駄々広い食卓で、寄り添うように座ってくれたことには感謝している。二人の会話を邪魔せぬように、大理石の柱の前をずらりと従者が並んでいる。口にした海ぶどうのようなものは、味は悪くないが食感が慣れな過ぎた。
「これ、これならお口に合うと思います。依然、ニカイドウさんがこちらへ来たときに、お選びになったってサルディニアさまが……」
「確かに、彼が選びそうな楚々としたメニューだね。いただくよ、とても良い匂いがする」
天の前に運ばれてきたのは、白い大きな、底が狭まった椀の中に沈む穀物だった。透明で黄金色のサラサラした液体は、出汁のようなチキンのような穏やかな香りが漂い、沈む穀物はそれを吸って白く膨れている。
小さいけれど、まるで星型のようなそれにビビリつつ、すぐ横に座るシンカイの期待した目線に鼓舞されるように匙で掬い上げ、口に含んだ。
「美味しい……」
「よかった! おいしいですよね、それ」
「鳥類の出汁、なの?」
「海のなかのお魚のアラで出汁をとっています。でも、そうですね、形は鳥にとてもよく似ていると思います」
「あとで、見に行きますか?」と提案するシンカイに曖昧に頷いて、天はまるで数日飯を与えられなかった囚人のような気持ちで粥に夢中になった。なんだこれは、少し中毒性のある味がする。美味し過ぎて、胃に沁みるようで、少し泣きたくなった。
「けんか、しましたか?」
いつの間にかこちらを覗き込むシンカイの瞳が、心配そうに揺れていた。シンカイは、やはり大和と同じように天より年上なのだろうか、何でか……そんな気がする。
「しちゃった。よりによってここへ来る直前にね」
天は瞳を伏せて、目の前の粥に集中する。シンカイはなぜか胸のあたりで指を組んで、むむむと何か念じ始める。
「こんいろの、ほしぞらが見えます」
「星空?」
「はい。その中を誰かふたりが走っている……」
「それは、ボクらじゃなくて?」
「? ? ?」
シンカイは、自分で言い出したというのに、胸を抑えて小首を傾げる。
<続く>
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