sugu_yoru
2023-09-03 21:15:36
1821文字
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【天ヤマ】映画で揺さぶられる九条天④

アイナナ 天ヤマ 勉強中。映画に影響されて、大和への気持ちに気づいてしまう九条天。
続きます。

 天が、水滴のついた透明なプラスチックカップを持ち上げて見せると、大和は傍らの椅子に腰かけて頬杖をついてふうんと息を零した。
「それ、何読んでるの?」
「『詩人探偵キキの事件簿』第七巻、『パンドラの箱』」
「七巻って、まだ日本で発売されてなくないか?」
「うんそう、だから原文、英語」
「あーそうだった。お前さんノーストレスで読めるんだったな。もしかして映画前からずっと追ってた?」
「留学先で、話題にはなっていたけど読み始めたのはキミと千さんの映画が決まってから」
「俺も日本語訳は読んだけど、一冊だけだよ。俺の役、それにしか出ないしさ」
「そう」
 天が持ち込んでいたペーパーバックを興味深そうにペラペラとめくっていた大和が、「そう言えば」と思いついたように声を出した。
「そう言えば、お前さん。俺たちの映画、どうだった?」
「感想なら、観た翌日に告げたと思うけど」
「いつもだったら九条。そこそこの文章量を俺へのラビチャに送って来るだろ?」
「ボクだって忙しいし、ボクが評価しなくてもキミには……キミたちには賞賛が集まってるでしょ?」
「うー……そうなんだけど、そうなんだけどさぁ!」
 大和は腕を組んで、脚をじたばた子どもみたいに動かすものだから、机が揺れて天は顔を顰めた。
「何か、演技をしたときに、お前さんからのメッセージがご褒美みたいになってたってか」
「何それ、ボク、今までキミを甘やかし過ぎた?」
「そうだよ、お前さんが悪い。俺のこと甘やかし過ぎるから……
 可笑しくなってしまって、笑えてしまって。それまで心のどこかで引っかかっていた事柄を本人に吐露してみたくなった。天は魔が差した。
「ボクだって、送ろうと思ってたんだよ。映画は素晴らしかったし、最後のシーンとか泣けた。でもそれをいざ文章にしようとしたときに、何でか送れなかった。黒江は素晴らしかったし、死なない脚本もとても良かった」
「それそのまま言ってくれれば良かったのに」
「世間がキミたちに騒ぐのも分かると言うか……でも何だかそのあとテレビにセットで出る、キミと千さんを見るとざわざわしてしまって」
「お前さんも、俺に黒江を望んでるの?」
 言われて、声の変化に気づけた。気づけて良かったと思えた。パッと顔を上げると、二階堂大和は何だか表情が落ちた顔をして、それを誤摩化すように一度力なく笑い声を漏らした。
「ちが、う」
と天が縋るように言うと、大和は「参ったな」と小さく呟く。
「期待しちまうだろ、その態度」
「期待?」
「別に、俺に役を投影するファンがいても全然嫌じゃない。でもお前さんは……そうだな」
 大和が考え倦ねるようで、天の方が焦れて「ボクが、何?」と沈黙を破って口を出してしまった。せっかく口を開きかけていた大和がむっと言葉を封じてしまう。天はしまったなと思い、らしくもなく俯いて自分の太腿を見下ろす。
 すると、大和が左手を伸ばして来て天の肩に触れた。「掴まれた」と感じ、顔を上げた瞬間に、唇にくちびるをくっつけられていた。
 顔を離されてずれた眼鏡をカチャリと自分で直し、こちらの顔を覗き込んできた二階堂大和は、なんだか少し寂しそうな、残念そうな、そんな表情をしていた。「ごめんね」と大和が眼鏡のつるを指先で抑えたまま、短く謝った。
「すんげぇセクハラしちまった、酔っ払いのすることだと思って忘れてよ」
……素面でしょ」
 天は赤くなったであろう顔を見られたくない。顔を見れば分かるだろうが、大和を悪者にしたくなくってすぐに「気にしないで、誰にも言わない」と伝えた。
「ごめん、お兄さんの勘違いだったわ。お前さんも、他の人と同じか」
……っ」
 ……あとで思えば、天は……怒ったのだと思う。ファンの気持ちや好意を、自分の大和に対する気持ちより下に見ているわけではもちろんないが、自分の気持ちは違う。それに彼が気づきかけて、それで違うと結論づけてしまったことに、哀しいを通り越して怒りを感じたのだった。
 「勝手にボクのことを決めつけないで」と言えれば良かった。でも、突然の口づけと、どこかでそれを喜んでしまっている自分に驚いてしまっていて、それが言えなかった。だから大和は立ち上がってしまう。
「俺、明日休みなんだよね~」
「え……?」
「久しぶりだから寮でミツと酒盛りするんだ~。九条も大人になったら一緒に飲もうな」

<続く>