sugu_yoru
2023-07-10 00:47:07
2172文字
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【ユキカケ】君と、曾根崎心中②(おしまい)

夢遊病になるユキ様と寮で待つカケルのユキカケ。おしまいです。
パリモンのエピをしっかりおさえていなかったことが悔やまれます……。

 その日も気づいたら夜の中に居た。
 冷たい風が正面から吹いて来るので、ユキノジョウは汗びっしょりで立ち止まった。いつもの外灯の下、裸足で立っている。足の裏が痛んで、脳みそがみるみると冷えて行った。
「ユキちゅわん」
 暗闇の中、誰かの声がした。
「ユキちゃん!」
 その声の主を知っていた。ユキノジョウは彼の人の名前を呼んだ。
「カケル……
 真っ暗な中、華奢な影がこちらに向かって歩いて来た。ユキノジョウがずっと思い描いていた人がそこに居る。
「どうしてここに……
「こっちの台詞だよぉ~、今夜はいつまでも帰らないから」
 そう少し呆れたように言うカケルの顔には、連日の夜更かしの影響か、疲れが透けて見える。ユキノジョウは思わずその顔に腕を伸ばした。すると、手のひらを自分の顔に充てがうようにして引き寄せられた。
「これは……俺のせいか?」
 息を整えて、その瞳を覗き込むようにしてそう問うと、ユキノジョウが好きだった日向のような黄色とオレンジが、今は夜の中で彩りを失ったように感じられる。ユキノジョウはそれが己のせいだと感じ取ってしまい、胸が締め付けられる。
 しかし、相手の自分より細い腕を掴んで、それをどうしても離したくなかった。だからそのまま彼の人の顔は見ずに走り出した。森へ、闇へ、二人しか居ない、夜へ。
 まるで命綱のように、親知らず子知らずの断崖絶壁を抜ける親子のように……
 誘(いざな)われながら、カケルが口を開く。
「やがて真夜中、お初と徳兵衛は手を取り合い……曾根崎(そねざき)の露天神(つゆのてんじん)の森」
「冥途(めいど)への旅の始まりとなるところへ、あたりに気取られないよう道を行く……だったっけ?」
「調べたのか……?」
「今日読んだばっかり、恐らく、明日には忘れる」
「そうか」
「太刀花」
「な、んだ」
「『明日には忘れる』、俺はそう言った」
 立ち止まる、夕焼けみたいな瞳がユキノジョウをわずかに下から貫いている。そして続きを口にした。
「太刀花、俺は前とだったら……
 いつもと異なる、たまにユキノジョウの前だけで現れるその口調の甘やかさに、ぐらりとその甘美さに縋りたくなる。二人で別世界へと行きたくなる。でもそれは所謂『逃避』だ。
 しかし、彼をそれに巻き込んで良いのかという気持ちが、ユキノジョウを踏みとどませる。だって、己の幸福は、彼をこのような自分のエゴにつきあわせることではないのだから。
 ユキノジョウは、一時(いっとき)回し掛けたその細く、白い首元からゆっくりと震える指先を外した。月明かりの中、満月みたいに輝くそのどこか子どもっぽさを残した頬へ手を伸ばす。
 身を屈めて、ユキノジョウはまるで懺悔するようにカケルへ口づけていた。おそらくこれは初めてではないと感じた。柔らかく心許ない薄い皮膚の感触には、まるで覚えがあったからだ。
「ユキちゃん……
 はぁっと息を吐き出して、どこか恍惚としたように普段使いの呼び方で呼ぶ。『魔法が解けた』。まるでそんな感じだった。口づけを落としながら、最後にぎゅうっと彼の背がしなるほど抱きしめる。
 二人分の汗が香ったが、それは不快などころか、どこかたまらないものがあって、今度こそ太刀花ユキノジョウは『恋情』が分かった気がした。

* * *

「素晴らしかったです~ユキさまの『曾根崎心中』」
「フフ、ありがとう、レオ」
 今日の舞台が終わり、電車で迎えに来た西園寺レオは恍惚とした表情でユキノジョウの手荷物である風呂敷を受け取った。興行はこれから約二十日間続く。レオは最終日にも観劇してくれる予定である。
「カケルさんも感動していました。このあと、おうちのお仕事なので感想は夜伝えるっておしゃっていました」
「そうか、楽しみだな」
「はい! 私も、千秋楽の前にもう一度観たいです」
 券の手配を約束すると、レオはどうしてもお金を払うと言ってくる。中学生にはそこそこ高い観劇料に、「出世払い」という言葉を出すことでようやく納得させた。
「カケルくんも毎日観たいって言ってました」
「ふ、それはカケル自身に払ってもらわないとな」
 レオとは違う対応に、ピンク色の髪の男の子は一瞬キョトンとしてからコロコロと嬉しそうに笑った。彼は、知っている。ユキノジョウが知らじと演技に悩み、夜独りでに彼が裸足で駆けて行ってしまっていたことを知っていた。ようやく我を取り戻してカケルと寮へ戻ったときに、泣きそうな顔で入り口で待っていた彼が思い出される。
「悪かったな……
「え?」
「いや、何でもない。ホラ、着いたぞ」
 最寄り駅に辿り着き、改札を出たら見知った顔が右手を上げていた。
「チャオ! お疲れさまぁ、二人とも。僕ちゃんも今帰りなんだけど、乗ってく?」
 カケルが身をずらすと、彼の会社の運転手がにっこりとユキノジョウとレオにも笑いかけた。「カケル」と、名前を呼んで。気づいたらレオより前に走り出していた自分が笑えた。
 一緒に死なずとも、一緒に居ることはできる。生きていくことができる。それに気づくことができて良かった。ユキノジョウはすっかり自分の気持ちを受け入れて、どこか光り差す駅の外へ向かって早足で駆けて行った。

<おしまい>