sugu_yoru
2023-06-18 00:15:19
2327文字
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【天ヤマ】シンカイになってしまう大和8(サルシン)

アイナナ 天ヤマ 勉強中。ニカヤマさんが劇中劇の世界に飛ばされてしまいます。
終わりです。

 大和が肩越しに振り返ろうとするが、それをとどめるようにサルディニアがそう言った。水の中、俯いた青年が泣いているようにも見える。大和は居ても立ってもいられない心地になってくる。すると、肩に手を置いていたサルディニアがゆったりとした力で、大和の背をそのまま押した。
 大和はその水鏡に向かって思い切って歩いて行く。彼(九条)が、自分のメンバーの前で泣くように、たった一人で泣いているのだもの……

「くじょう」

 知らじと名前を呼んでいた。こんなときくらい、「天」ってどさくさに紛れて呼んでしまえば良かった。背中の遠いところで、「今からでも遅くないよ」っと、サルディニアがクスクスと笑う気配がした。
 暗闇をペタペタと歩いて行く。裸足でも、足は不思議と冷えなかった。そして、辿り着いた九条天に腕を回したと同時に、ドプンッ! と水に沈んだ。
 嗚呼、これは駄目な奴。でも、心のどこかで望んだのではないか? この青年と二人きりで、奈落へと落ちて行くことを……
 大和がうっすら瞳を開けると、腕の中の九条天は水の中、瞳をパッチリ開いた。こちらに視点を合わせると、大和の方にガッと手を伸ばし、わしりと脇の下を掴んでゴバリと息を吐き出した。そのまま勢い良くバタ足を始めた。
 ブハッと水面に二人して浮かび上がると、水が気管に少し入って咽せた。九条天の方は平気なのか、大和の背を撫でてくれる。傍らには放り出された白い品の良いウエストバッグが転がっていて、それは濡れていなかった。恐らく、入水する前にそこに投げ出したのであろう。
 ゲホゴホが治まると、それと入れ違いに今度は寒さが襲って来た。「濡れた衣服をできるだけ脱いで」と手早く指示した九条の方は、もうジャケットやカットソーを脱ぎ始めている。大和はポケッとして、青空の元ただ座り込んでいた。思わず口走る。
「もどって、これた、のか?」
「そうだよ、二階堂大和」
 九条天の上着(コート)はその場に放られてて、着膨れていた大和をランニング一枚までひん剥くと、ごく自然な流れで縋るように大和の首と肩に腕を回し、乾いた上着を二人にかかるように羽織る。
 天気は晴天。しかし風は寒くて、大和は身震いすると、素直に九条天に密着するように、上着の中でその背に腕を回した。天は自分でそれをしておきながら、ぎくりと身体を強ばらせて、己のバッグを引き寄せる。
 大和を胸に抱きながら手早くスマフォを操作すると、コール音のあとに出てきた相手に「和泉三月、助けて」と簡潔にヘルプを求めた。

* * *

「ごめんね、ボクがついていながら」
「何言ってんだよ! シンカイ突拍子もない行動するだろ~? 助けてくれて、良かったよ」
「あの……ミツ、俺……
「大和さんは、おかえりさん!」
 バシリッ! 景気よく額を叩かれた拍子に、拭いきれていなかった滴が髪からぽたりと落ちた。それに、しっかり髪を乾かしてシャワーから戻って来た九条天が眉をひそめる。
 電話して数分後、バス停近くの川沿いに三月とナギがバスタオルを抱えて飛んできてくれて、彼らが乗ってきたタクシーに同乗し(持ち込んだビニールのシートを敷いた)、無事小鳥遊寮に戻って来れた。
「バス停に着いたら、水に向かって急に走り出してね『呼んでる』って言って」
「あ~サルディニアさまが待ちくたびれてご立腹だったのかもな、俺たちがあんまりシンカイを返さないもんだから」
「君が彼に持たせた毛糸の巾着、沈んで行ってしまった」
「ナギが秋葉原で買った安いGPSと、何かあったときのための万札一枚しか入ってなかったから気にすんなって」
 ぱすぱすと三月が叩くのは、七瀬陸の衣服を纏った九条天の肩だ。あのあと二人は代わり番こに風呂に放り込まれ、大和に着替えはあったが天にはなかった。遠慮する天に、洗い立ての陸のセットアップと、買い置きしてあるボクサーパンツを渡すと、大人しく風呂上がりにそれを身につけたようだ。
 ナギは夕方から仕事らしく、二人を寮に届けるとすぐに居なくなってしまった。長期で休みを貰っている大和のバーターである。
 三月と天が話し込んでいると、風呂場の方からピーピーッと洗濯機が呼ぶ音がした。三月は無機物にも「はいはーい!」って元気良く返事すると、ソファに座り込んでビールを飲んでいる大和の額をまた軽く小突いて、パタパタとリビングを出て行った。
 二人きりになる。何だか気まずい。大和は怖じ気づいてしまう心を押し隠すようにチビチビとビールを啜るが、ソファの横に、ギシリと体重が沈む気配がした。テーブルに缶を置いた大和の手が震えていて、何だか滑稽で笑えてくる。
……何が可笑しいの?」
「だってさ、九条信じる? 俺ってば『星巡りの観測者』の世界に……
「ごめん」
「何でお前さんが謝るの?」
「ボクが望んだ、『シンカイをボクの傍に置きたい』って、『サルディニアのように慕われたい』って」
「あー……そうなんだ」
「でも違ってた、ボクが本当に望んでいたのは、サルディニアに懐くシンカイみたいに、君に懐かれたかった」
……急に情熱的だな」
「二階堂大和、ボクはキミに……
「黙って」
 両腕を伸ばして、顔を斜めにして。本当に触れるだけの口づけを、九条天の唇の端に大和のを一瞬押しつけると、九条天は瞳を一度大きく見開いたあと、まるで子どもみたいにして笑ったのだった。
 大和が何かしら気の利いたことを言おうと熱っぽく口を開きかけると、玄関の方の扉がバターンッと勢いよく開いて「天にぃ来てるの?!」と叫んだ七瀬陸の登場によってそれはなされなかったけれど。

<おしまい>