sugu_yoru
2022-05-17 23:41:48
2438文字
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【ヒプ】クローンは電気羊の夢を見るか? 1(乱帝)

ポがクローンを助けに行くif。クローンの一人が帝統にお熱です。
ソナーズに掲載していたものの再掲です。タイトル忘れてしまったのでオマージュです。続きます。

 基本、液体の中に沈んでいる。
 高濃度の酸素が溶け込んでいるその水は、『俺』らが酸素を使うと循環されて、また酸素をどこかで孕み、この水槽の中へ流れ戻ってくる。甘く、少しサラリとした液体はどこか温かい。それを凝固させれば『飴村乱数』を救う『飴』になる。そこに俺らは沈んだり浮かんだり、クスクス笑ったりして過ごしていた。
 生まれてから、この大きさになるまでどこにいたのだろう。思い出してみようと目を瞑るが、この液体の中では記憶もあやふやで、『飴村乱数』の単なる一個体である己には、大して重要ではないように思われた。水がさざめく気配で、上の施設へ誰かが訪れているのが分かる(他の乱数は知らないが、自分はとにかくその気配がわかった)。
……誰だろ?」
 ざぶりと顔だけ液体から出すと、誰に呟くでもなく独りごとを言うが、他の乱数たちは気にも止めない。すると、その怒気を含んだ気配が、誰かを怒鳴りつけて、それで階下に向かっているようだった。今長い廊下の先の、エレベーターホールに到着した。誰かを伴ってこちらに向かってくる。
「え、嘘。何で?」
 水の中で俺は動揺してしまって、バシャバシャと水面を移動して水槽の外側を濡らした。俺が泳ぐもので水面は波打って、静かに液体の底に沈んでいる、他の乱数たちが面倒くさそうに、薄目を開けたり閉じたりしていた。
「ねぇみんな、誰かここへ来るみたいだよ?」
 そう、普段使わない声帯を使って呼びかけるも、液体の中で乱数たちはあくびをしたり寝返りを打ったりするだけでブクブクと沈んだままだ。そうこうしている間に、この研究室の重たい鉄の扉が横スライドで開いた。

「おい!」

 現れた男は、定期的に行われる情報と意識共有の場で、資料として見せられていた男だ。有栖川帝統。この秘密の機関も運営する中王区のボスの秘密の息子だ。しかし、母親の旧姓を使い、特に偽名を使ったりしていないのは、もしかしたら隠したりしていないんじゃないかと、そういう風にも思えた。
 そいつが急に、倉庫みたいな研究室の一角に現れたのだ。ガラガラと無遠慮に入り口のドアを開けて、水の上に顔を出した俺と視線を合わせた。研究員たちは俺たちを個別に認識したりしない、だから何だか「選ばれた」みたいな、特別な気持ちになった。
「何人いる?」
「へぇ?」
「だから乱数、何人いる?」
……今ここにいるのは六人」
「了解。何か服はねぇのか?」
「そこのロッカーに、研究員の着替えやタオルが……
 そうだ、研究員たちはどうしたのだ。不法侵入だというのに、乱数たちがいる水槽のこの部屋へは、誰も飛び込んで来たりしなかった。そうこうする内に、他の乱数たちも目を覚まして、何だなんだと水面に上がって来た。
「あー帝統ぅ」
「おー」
「どうしたの? こんなところへ来て」
「お前らを迎えに来たんだよ。お袋とは話がついている。ここから逃げるぞ」
 そう言って、自分より先にその白い腕を伸ばした乱数に手を貸すように、水槽に設置された鉄のステップを数段上がる。裸の乱数を引き上げる彼を見て、ああ、自分が最初に目が合ったのに、自分が最初に声をかけられたのにって、悲しく、悔しく思えた。
 俺たち乱数は、タオルで身体を拭うと、研究員たちの備えの私服や白衣を各々着込んだ。帝統はまるでハーメルンの笛吹き男のように、小柄な俺たちを引き連れて中王区の研究所を後にした。追っ手は拍子抜けするぐらいやって来ず、建物の裏に停められたトラックまで七人で移動する。
 運転席で半目でハンドルを握っていたのは、嘘ばかり吐く小説家だ。帝統に促されて荷台に乗り込む俺たちを、どこか冷めたような一瞥を向けただけで、特に何も言わなかった。助手席に乗り込んだ帝統に、「ちょっと、これからどうするつもりですか?」と低い声で聞いている。
「乱数なんて、どれだけあったっていーんだよ」
「何のパロディですか? ソレ」
 同じく資料で見たことがある。彼は夢野幻太郎。乱数と帝統と刹那に繋がる友だ。その資料を、映像を。羨ましく他の乱数たちと眺めたのが思い出せる。それまで俺たちを飴目当てでバッシバッシと倒していた彼らだったが、どういうつもりか、今回は自分たちを助けてくれる気らしかった。
……倒してはいたけれど、殺すまではされなかった」
 乱数の一人が、俺の心を読んだように真正面から呟く。それが件の乱数の一人で、傷だらけで戻って来たことが思い出せる。そう回想していると、ガクンと車が揺れて、その場を出発した。ボロボロの幌(ほろ)付きの軽トラックを、中王区の厳つい装備の警備員たちが何もできずに見送っている、不思議な光景だった。

* * *

「わー……本当に連れて来たんだ」
 おかえり~と出迎えた乱数の初期型は、大きなシャツをワンピースみたいに着ながら飴を舐めていた。他の乱数たちは、彼を見て一様に動きを止めた。一時期の抹殺対象だ。相手だってそれを覚えていないはずがない。しかし乱数はその和風の部屋の入り口で、光を背に浴びながらコキリと首を鳴らした。
「まぁ、夜風は『僕ら』には毒だから、はやく入れてあげなよ」
「妾は車を町内会長さんに返して来ますから、はやく降りてくんなまし~」
「ってことだ、お前ら降りろ。夜だから静かにな」
 しぃーっと、帝統が口元に指を当てて乱数たちを家(恐らく夢野幻太郎の自宅)に追い立てる。俺は、最後に夢野を見送る有栖川帝統を、何となく振り返って待った。「ん?」と、帝統はそれに気づいて笑いかけると、俺の頭を掴んで一緒に玄関に向かってくれた。
 何たって、最初に気づいたのは俺なのだ。他の乱数たちよりこのギャンブラーに気にかけて欲しかった。家の中に入るときに、『失敗作』と言われていた初期の乱数が、チラリと俺に視線を寄越した。特に睨まれたわけではなかったが、それは咎めるように冷たく感じられた。

<続く>