スタジオ、歌収録。冷たい壁に背を預けての世間話。時折双方ウィットに富んだ返しをして、それがいつでも心地良かった。寮のみんなとだって、そら楽しく喋れるけれど。二階堂大和にとって九条天との会話は、何だか特別なのだ。
その事実には、気づかないフリを心がけている。話は最近の映画、ホラー、呪いや言霊なんていうオカルトな方面にたどり着いていたが、大和は心から楽しかった。すると、急に少し微笑んだ九条天が、顔を傾けてこう言った。
「キミに一つ、呪いをかけてあげようか?」
「え? 今、会話の流れそんな感じだった?」
「そんな感じだった。大丈夫だよ、生死に関わることではないから」
「なるほど、受けて立とうじゃないか……! 九条の呪詛ってやつを!」
「少年マンガみたいなテンションはやめて。でも言ったね、じゃあ受けて立ってもらおうかな」
「ハイハイ、どうぞ」
「キミのことが好きだよ、二階堂大和」
そう瞳を見て、はっきりと言われてしまって。持っていた紙コップの水面が震えた。零さないよう、そちらに気を取られた瞬間に、ステージ上から「天」と八乙女楽が鋭く呼んだ。それと同時に天はステージへ顔を向ける。
「はい、今行くよ」
と九条天は答えて、「それじゃあね」と黒い衣装をたなびかせてその場から去ってしまった。残された二階堂大和は、何となく一度控え室に戻る気にもなれず、そのままTRIGGERがリハをして本番を収録するまで、ずっとそこに立ち続けていた。いつもなら、華やかな十龍之介や八乙女楽にも目を奪われがちだったが、その日は中央で歌い踊る、九条天しか見ることができなかった。
* * *
「お兄さん、呪いにかけられちゃったかも……」
寮での晩酌でよわよわとそう告げると、まだ飲み始めで素面と変わらない逢坂壮五が、心配そうに顔を覗き込んでくる。
「何かプレゼントや手紙に、そういったものが入っていましたか?」
「怖いロケとか行ったっけ? 陸に見てもらう?」
茹でたての枝豆を持って、テーブルの中央に置き、自身もビールの缶を開けながら腰を下ろした和泉三月が、そう提案してくれる。
「大人三人、こええ話すんなよ……!」
「四葉さん、大人の戯れ言に耳を貸さない、課題に集中して」
少し離れたテーブルで、高校生二人は仲良く課題をやっている。話題に出た七瀬陸は少し安静にする必要があり、六弥ナギの部屋にいるようだった。
「いや、そういう怖い奴じゃなくて。どちらかと言うと『くしゃがら』とか『ズンドコベロンチョ』みたいな?」
「意味がない、気になる言葉ってこと? おっさん」
「意味は……そうだな、意味は、ある」
「あるんかい」
「大和さん、もしかして誰かに『嫌い』って言われました?」
逢坂壮五の言葉にドキリとしてしまう。真逆だが、そう言った逸話でもあるのだろうか? 大和が宇宙猫みたいな顔をしたもので、壮五は心配してあわあわと内容を補足する。
「何か怪談で聞いたことがあるんですよ、『嫌いです』って言われると、相手のことが気になるでしょう? その人に対して気持ちが少なからず動く。そういったことが、身近な『呪い』の初歩だと確か言っていて……」
「怖いこわいコワイ、そーちゃんが言うとなんか、なんでも怖い!」
「環くん、僕は言霊の話を……」
「大和さん、マジで誰かに『嫌い』って言われたんかぁ?」
和泉三月がよしよしと頭をかいぐってくるのをやんわり押しのけて、「そんな酷いことは言われていません」とごにょごにょ返した。どちらかというと素敵なことを言われた、好ましいことを言われた。
九条天の言う『好き』が、どの程度のものなのか。同業者として、空き時間に話をする程度に。演技をする大和が好きなのか、それとも……で思いついた可能性を酒で流し込んで忘れる。飲みっぷりに、「お、いーねー」と三月が笑った。
その後、メンバーの追求を恐れた大和は、まず壮五を愉快なモードになるまで飲ませ、自身もいつもより余計に飲んで未成年に呆れられることによって、その夜を乗り越えた。
* * *
「……飲み過ぎた」
仕事の合間。軽く昼食をとって現場に向かおうとマクドナルドを訪れたが、店のチョイスを完全に間違えたかもな、と少し後悔する。胃がムカムカしているが腹は減っているという最悪の状態で、せめて自分の体を考えてサラダセットにした。
ぼんやり店内BGMを聴きながら、ドレッシングを絞ろうとして失敗した。気に入りの黒いシャツのボタンの脇に飛ばしてしまって、大和は大急ぎでそれをナプキンで拭う。
<続く>
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