幼い二階堂大和の方から腕を回される。体格がそれほど異ならないというのに、母親に縋るような、そんな必死さがあった。近づいた、自分より硬い髪質に口づける。すると、天の胸の中で、大和が不意に顔を上げた。
「もしかして、九条さんと未来の俺は、その……」
「うん」
「そう、だったりする?」
「……イヤな気分になる?」
鼓動が高まる。拒絶されたらどうしよう? 今までのことも、下心がすべてバレてしまった気持ちになって、天は額や目元に汗が滲んだのを感じた。しかし二階堂大和は耳をぺったりそんな天の胸に擦りつけて、首を横にわずかに振る。
「嫌じゃない、どこかで、わかってたから……」
天はそれを聞いて、まだ頼りない背中に片腕を回す。ベッドの上がけをはぐって、身体を二人分滑り込ませる。眼鏡を引き抜いてベッドサイドに腕を伸ばして置くと、今度は自分が許しを乞うように大和を抱きしめた。
* * *
抱きしめて、いつの間にか眠ってしまったのだろうか。確かに最近の九条天は仕事に忙しく、自分より高い体温を抱き込んで眠るのは安眠につながった(普段は同衾はするが、抱きしめ合って眠ったりはしなかった)。
目が覚めて、そこがもぬけの殻だったので思わず身震いする。体温の消失で目覚めたと言っても過言ではない。天がまだだるい体を無理矢理起こして自室を出ていったのは、リビングがなにやら騒がしかったからだ。顔を覗かせて天は固まった。
「お、オハヨー。九条」
と笑う二階堂大和は、もうすっかり二十二歳の彼の大きさに戻ってしまっていた。「見てみて、これ」とつんつるてんになった夜間着代わりのラフな服をこちらに見せつけてくる。それは、ある一種の意図を持って二階堂大和に貸し出された九条天の私服の一部だった。襟刳りがだいぶ開いていて、健康的なデコルテが良く見える。
「あ、天。起きたんだね。大和君、無事もとの姿に戻ったんだよ」
「つむ……小鳥遊さんには連絡しておいた。昼過ぎに迎えに来るそうだ」
そう言う二人のメンバーは、天と違ってもうすっかり身支度が整っていた。そういえば昼前に出て、外で食事をとり、午後からすぐ仕事だと言っていた。
「二階堂。いいのか? 一緒に出れば姉鷺に寮まで送ってもらえるぞ」
「んにゃ、いいよ。寝坊助さんとブランチ一緒に食べて、ゆっくり退散するから」
「そっか、じゃあ天。大和君を頼んだよ。俺たち、迎えが来たみたいだ」
チャイムが軽快に鳴ったが、大和を預かっていることを知っているTRIGGERのマネージャー姉鷺カオルは、家の中まで入っては来なかった。ふたりきりになると、まだポヤポヤする頭で大和を見つめた天は「何か食べる? 作ろうか?」と手始めに尋ねてみた。
「まぁ、キミが作った方が美味しいものできそうだけれど」
「いや、十さんが軽いもの用意してってくれたんだよ。一緒に食べるか?」
そう聞いた大和を見上げると、弧を描いた目元が降りてきて、唇の端に軽く口づけられる。ずっとそれに触れたいと思っていて、我慢していた薄い唇が、笑みを保ったまま離れて行って、ペロリと触れた部分を舐めあげた。
「はは、寝ぼけてる味がする」
「~っ、ちょっと」
「ゴメンゴメン」
天は口元を手の甲でごしごしと拭うと、顔を洗いに洗面所へ向かった。マネージャーは勿論のこと、TRIGGERの残りのメンバー(この二人には、もしかしたらバレてしまっているかも知れない)、IDOLiSH7のメンバー。全てすべてに秘密だったが、二人は『おつきあい』というものをしていた。
「九条、仕事夕方からなんだろ? それまで二人でどっか行くか? マネージャー迎えに来るって言ってるけど、忙しいだろうし、今ならまだ変更できる」
「……何で僕の仕事の時間、知ってるの? 二人に聞いた? それとも」
「どっちだと思う?」
そう尋ねて、台所で二人分の食事を用意している大和に、天は後ろから抱きついた。
「キミは、覚えてると思う。その、昨日の夜のことも」
「ああ、うんそうね。覚えてるわ、お兄さん」
あっけらかんと返して、腰に回された腕に手を添えて。二階堂大和は笑い声を漏らした。
「ご飯じゃなくて、お兄さんと二度寝する?」
「この家でキミと、そんなことはしない」
照れ隠しも含め、大和の案外細い腰を締めつけると、大和はぐええっと大げさに呻くフリをした。それに釣られて笑いそうになりながら、天はやっと伝えたかった言葉を呟けた。
「おかえり、二階堂大和」
「ん、ただいま」
「ずっと一緒にいたけどね」
「それな」
そう答えて大和はくるりと身体を反転させた。まだ午前中の明るいキッチンで、九条天は恋人の再来を心から喜んで彼を抱きしめた。
<おしまい>
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