それからしばらく特に何も起きなかった。というのは嘘で、二郎の一郎への呼び方が『兄ちゃん』から『兄貴』へと変わった(というのもまた嘘で、変えようと努力している最中ではある)。2nd D.R.Bは準優勝と終わったが、兄弟の絆は深まったし、先を見据えることができてもいる。
三郎は相変わらずだ。一郎と二郎との関係性の変化を注意深く観察しつつ、己も成長しようとしている……。そんな風にも感じられた。そして、前より少し頼りにしてくれているように感じている。夜に襲撃してくることもなくなった。
その代わりと言ってはなんだが、いつもより昼間触れてくることが増えたような気がしている(しかし、それは末弟だけの話ではない……)。そう言えば、結局三人で川の字で眠ることはしなかった。
それこそ二郎が心の奥底で望んでいることのような気がして、兄がそれを望んだことを思い出して、ぼんやりとしてしまった。洗面所で「長すぎる」と三郎に嫌味を言われながらも用意を進めていると、腰の辺りを長兄にぱぁんと叩かれた。
「二郎! 弁当忘れんなよ」
「お、おぅ兄貴」
鏡にうつった一郎は、誇らしいような少し寂しいような微妙な表情をして、「ん」と笑いかけると、エプロンを外しながら洗面所を出て行った。兄はこのあと朝早くから仕事が入っているはずだ。にも関わらず、欠かさず弁当を作ってくれるのを本当にありがたく思っている。
ダイニングに置かれた弁当を持ち上げて(まだ温かい)、「行ってきまーす」と奧に声をかけて玄関を走り出る。建物を出たところで、とっくに出て行ったと思っていた弟が待っていたものだから、二郎は腰を抜かしそうになった。
「吃驚した……待ってたのかよ」
「お前さぁ」
「んん?」
いつぞやのリプレイみたいな感じで、また何か聞きかけるのを二郎は黙って見つめて促す。三郎はその視線に、急に赤面して「僕が言ったこと、覚えてる?」と控えめに聞いてきた。二郎は痒くもないのに襟足の後ろをわずかに掻いた。
「『開き直る』って奴?」
「まぁ、そう……本当はそのあとが重要なんだけど」
二人はようやくと歩き出すが、すぐには三郎は続きを話してくれなかった。二郎は数歩後ろを歩きながら黙って弟の背を見つめる。以前より肩幅が広くなった気がする。二郎より骨格が一郎に似ていて、それが羨ましいなと少し思った。
「僕は最近、お前と僕と……一兄の。『落としどころ』を探してる」
「落としどころ?」
「おさまって、塩梅が良い着地点」
「今めっちゃいい感じじゃん。俺たちって」
「次のバトルシーズン勝てればね、ってか。ぶっちゃけ、そういうことだけでもない」
そう言って、待っていたくせに先にスタスタと歩いて行ってしまう。それまで雲に隠れていた太陽が、急に現れて二郎たちを眩し過ぎるほど照らす。二郎はそれを、かざした片手の隙間から見上げると、距離が開いた弟を走って追いかけた。
* * *
「二郎くん、何だか元気ないっすね」
ファミレスで、イケブクロにバンドの用事で訪れた、ナゴヤ・デヴィジョン、Bad Ass Templeの四十物十四と落ち合っている。お互いのデヴィジョンのリーダーが和解(?)して、グッと気分的に逢いやすくなった気がする(そんなこと気にする、二郎じゃないけれど)。
「弟が難しいこと言うからよぉ?」
「三郎くん賢いっすもんね」
「う〜……ん何か勉強系のじゃなくて、俺の倫理を軽々超えてきてるって言うかさぁ」
「? ? ?」
小首を傾げる十四と出逢ったのは、ブクロで通っている楽器屋だった。小難しい漢字だらけの語句を並べる、距離を取った方が良い要注意人物だと思っていたが、バトル外で逢う彼は年も近く、話しやすかった。ブクロへ来ていると聞いたなら、是非逢いたいと思えるほど一緒にいて心地良い。
「前より喧嘩も減ったし、い〜感じになってきたと思ったんだけどなぁ」
実際、2nd D.R.Bの最中、その後。ラップ中にバッシバシに目が合うようになったし、その合間に楽しさや信頼も垣間見えるようになった。それなのにどこかしっくり来ない部分があるのだ。『兄弟の絆』、それを越えた部分に抵触している気がしてる。
「自分は羨ましいっす。年の近い弟がいて」
「兄貴だっているんだぜ、良いだろ〜?」
「羨ましいけど、自分には空却さんと獄さんがいるっすから……」
子どもっぽく頬を膨らませた十四に、指でそれを潰しながら笑うと、手首をむんずと誰かに掴まれた。この分厚いけれどどこか上品な手、心当たりがあり過ぎる。
<続く>
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