大変人気を博した『星巡りの観測者』が、この度未公開シーンも含む円盤になるとかいうことで、久方ぶりに九条天は碧水の星シレーナを守る賢王、サルディニアの装いで現場入りしている。
特典でつくブックレットのグラビアは、同じ惑星(ほし)出身でサルディニアと縁が深いシンカイが一緒に務める。それを演(や)るのは二階堂大和だ。大きな帽子を片腕で抑えながら、天と目が合うと柔らかく微笑んでくれる。
「何だか、懐かしいね」
「懐かし過ぎて、俺台本読み返しちゃったよ」
ニヤリと笑うその笑顔は、もうシンカイというより二階堂大和だ。九条天は残念なようなホッとしたような心地で「勤勉だね」と言って、己も口角をわずかに上げた。それを見て二階堂大和は破顔する。それと共にスタッフが彼に声を掛けた。
「お! 呼ばれた、ハーイ!!」
「そこから見てるよ」
「この後一緒に撮ろうな、『おうさま』」
「シンカイはそんな風には言わないよ」
揶揄うように言う大和にそう返す。大和は長い笛を軽やかに持つと、急拵えで作られたバルコニーのセットへ向かって行く。カメラマンはもう三脚を立てて準備万端のようであった。バルコニーも含め、セットの豪華さに天はため息を吐く。
「装飾とか、こういうのってCGでも問題なかったんじゃないですか?」
「現実にある装飾品の立体感や存在感による『説得力』に勝る物はないって、カメラマンからの要望で急遽頑張らせていただきました!」
「確かに、実際に『在る』ものって、レンズ越しでも違いますものね」
「はい」
よく顔を合わせるスタッフとそんな話をしていると、大和の撮影が始まったようだった。
「ただ、施工が結構ぎりぎりで、装飾や調度品でごまかしていますが結構死角は粗が多いんです」
「水面でどれだけもがいてても、客にそれが伝わらなきゃ大丈夫ですよ。ステージと一緒ですね」
「そうですね」
女性スタッフがどこかホッとした空気を醸したところで「いいですねー二階堂さん、次バルコニーにちょっと寄りかかってみましょうか、笛を持って」とカメラマンが指示を出した。
「はい」
と大和が長い横笛を持ち上げたところで、キシキシと軋んだ音が聞こえはじめ、やがてギシンッと何か酷く致命的な音がした。
ガコンッと、何かが大きく外れる音がして、二階堂大和が纏う装飾や柔らかい布の端がふわりと浮き上がった。というのは錯覚で、ようは重い大和の身体が先に奈落に落ちていったのだ。
思わず九条天は、その場で右手をありったけ伸ばした。白い豪奢なバルコニーと一緒に落ちていく大和とバシリと視線が合う。その時思わず呼んだ名前が、彼の本当の名前ではなかった。
「……っ、シンカイ!」
大和は落ちて行きながら一度、白目ばかりのその瞳を閉じた。そうして開けた時に、天はゾクリとしてしまった。その視線は、しばらく前の撮影で浴びるように向けられていたものと一緒だったからだ。
ドシャッ、ガラガラッという音がスタジオに鳴り響いて、一度辺りはシンッと静まりかえった。すぐに天のそばにいた女性スタッフが悲鳴を上げる。「二階堂さん!」「大丈夫ですか?!」と怒声のように声がそこら中から上がって、天は震えてしまって、その場から動けなかった。
怖かったのだ。
「大和さん……!」
病室へ九条天の秘密の弟と、和泉一織が飛び込んでくる。彼らはラストで、病室にはもうIDOLiSH7、TRIGGER、Re:valeとそのマネージャーたちでぎゅうぎゅうとなっていた。
「あ、なたは……エリンにとても良く似ていますね」
「大和さん、何言ってるの?」
「でも、どこか違う。エリンと同じ心を内在しているけれど……あなたは誰ですか?」
「大和さん、もしかして……『シンカイ』になっちゃってる?」
「? はい、私はシンカイですが」
そう言って傍らにあった眼鏡を掛けるが、『シンカイ』にとっては慣れない物だったのか小首を傾げてまたそれを外した。天は一緒に救急車に乗って病院へやって来た。だから着替える間もなくサルディニアの豪華で可憐な出立ちでいる。しかし残念ながら彼は、間違えなかった。
「クジョウさん、貴方も含め、どうしてこの方たちは私の知り合いに似ているのですか?」
彼は、シンカイは、九条天を『王様』や『サルディニア』とは決して、呼ばなかった。
六弥ナギの件で、ある程度対応のフォーマットができていたのだろう。二階堂大和はインフルエンザということで休業に入った。医者の話では、役に入り込みすぎて、自身と役柄の境目が曖昧になっている時に、外的衝撃が加わったことでこうなってしまったのではないか? とのこと。
全ては憶測だ。しかし当の本人はシンカイとしてニコニコしている。「笛を吹いて」と言えば横笛を吹いてくれるし、「歌って」と言えば歌ってくれる。雲雀のような美しい高い声に、周りの皆んなはほぅっとため息を吐いた。
そうして彼は、普通にアイナナ寮で生活していた。七瀬陸のラビチャによると、急な雨を予想して傘を渡してくれたり、現場での不穏を感じ取って「水に近づかないでください」と警告してきたりと、まるきりシンカイとして生活している。
「偶然でしょ」
陸からのラビチャにそう返した九条天はモヤモヤしていた。このモヤモヤが、自分が『サルディニア』としては認められないでいる現状に対してのものなのか、二階堂大和が現状存在しないという事態に対してなのか、自分でも良く分からなかった。
やっと当人に逢いに行けたのは、一週間後、良く晴れた冬の平日だった。
「こんにちは、クジョウさん」
アイドリッシュセブンの寮に迎えに行くと、玄関で二階堂大和、もといシンカイが張り切って待ち構えていた。いつもの大和と違う、下半身は丈の短いパンツを履いているが、中にニットのタイツのようなものを履いている。
しかし上に着ているのはボリュームがあって、実にシンカイらしい趣があった。
<続く>
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