sugu_yoru
2021-11-26 18:13:42
2494文字
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【天ヤマ】大和に触りたがる九条天1

アイナナ 天ヤマ 勉強中。妙な関係性の二人。続きます。

 コンコンと控えめなノックの音。「どうぞ」という大和の声があって一寸置いてから顔を出したのは、案の定九条天だった。鏡越しにそれを認めて、二階堂大和は「おー……」と尻すぼみに声を上げる。
 歌番組なのだろうか、ヒラヒラと肩や腰部分に濃い小豆色のフリルを纏っているが、それが厭味なほど似合っている。ヒラヒラフワフワ、彼のあとについて行くように揺れている。
 それに気を取られていたら、すぐ真横に来ていた。体温が感じられるほど顔をかおに近づけられて、流石の大和も怯んだ。意識しないように努力しても、何だか良い匂いがするし……。いつの間にか薄くなっていた瞳を開けると、美しい唇が弧を描いたのが目の端に見えた。
 ちゅぅっと鼻のすぐ脇に柔らかい感触。こんな風に誰かに身体を触れることを許した覚えはない。しかし九条天とは不思議な男で、可愛い双子の弟に触れる気安さ、いやそれ以上でもって二階堂大和に触れてくるのだった。
「九条、もう時間だから」
「もうちょっと」
「このあとメイクさん来ちゃうから……
 敏感なところを、まるで桜貝のように艶やかな爪の先でなぞられて、ぞわぞわと背筋が震えた。それを密着した身体で感じ取ったのか、突然すいっと九条の方から身を離す。急な肌寒さに思わず責めるように大和は九条を睨んでしまうが、それに気づいたのか、台の上に乗ったリモコンでエアコンの温度を二度ほど上げてくれたようだった。
「じゃあ、僕は行くね」
……へいへい、頑張ってネ」
 鏡越しに手を振ると、来た時と変わらないような唐突さで楽屋から出て行ってしまった。パタンと扉が完全に閉まってしまってから、二階堂大和は脱力してため息を吐いた。口元に両手を当てて仰け反ると瞳を瞑った。
「き、緊張した……

 九条天がこんな風に、スタジオが被った日の時間の合間などに、大和のところへ来るようになって随分立つ。大和がドラマの番宣で一人の楽屋の時、リハーサル中に忘れ物を取りに戻った時など、後を追って来ることもあるし、一人でいる時をまるで超能力のように察して、大和のところへやって来るのだ。
 一寸顔をじっと見つめられる。結構距離があったと思っていたのに、気がつくとその細い指先がこちらの顔に到着していて、大和はそちら側の瞳を閉じる羽目になる。お互い何も言わない。
 耳を確かめるように冷たい指先が辿って、それに気を取られているとすぐ目と鼻の先に美しい顔があって、反射的に両目を閉じた。そのままふにっと粘膜が押しつけられた場所は唇の端っこで、その事実にわずかばかり安堵する。だがそれは一瞬の『安堵』なのだ。
 顔中に唇は落とされるが、唇同士の接触はそのついでみたいな感じで特別な意図はないのだと思う。一度、熱に浮かされた大和の方から舌を差し出したことがあるが、それがぴたりと向こうの粘膜に触れた瞬間にバッと身体を離された。
「僕、もう行くね」
と首筋まで真っ赤に染めた九条天がそう言うもので、大和は惚けたように「あ、うん」と答えて口元を手の甲でぬぐった。そういうことがあるとしばらく九条が来なくなるので、大和はそれ以来、触れられているときは地蔵を心掛けて身動きしないでいる。
 九条天はこんな風に、二人きりの時に無遠慮に二階堂大和に触れてくるが、誰かがいる時にそういったことはしてこないので、最初のころは自分の願望が見せている幻なのかと思っていた。二階堂大和は九条天に懸想している。

「なー八乙女さー」
「んー?」
「九条って、お前さんや十さんに甘えたりしてくることある?」
「アイツがそんな玉かよ」
 薄いパイプ椅子の上、それがとても不釣り合いな男が、大和の質問に笑ってブラックコーヒーを吹き出した。黒づくめの衣装だが、スタッフやメイクさんが数人大慌てで飛んできて、バタバタと世話を焼かれる八乙女楽は幼子のようだった。
「二階堂、もう笑うな、お前が変なこと言うからだろうが」
「ゴメンごめん、されるがままのお前さんが新鮮だった」
「天のことだけどな、たまーに可愛いこと言ってきたりもするけれど、それは甘えてるのとはちょっと違うと俺は思うなぁ」
「こー、一人でいると寄ってきたりとかしない?」
「まさか! 俺と天だと結構言い争って喧嘩しちまうこともザラだからな。龍はわからん。俺も寄ってくから天も寄ってってるかも知れない」
 そう言い終わってしまってから、一つ年上のメンバーに甘えている自覚が急に芽生えたのか、真っ白な肌を真っ赤に染めたものだから、大和はまた笑いが止まらなくなった。笑い過ぎてメイクが崩れて、自分も幼子のようにされる羽目となる。

 さて、どうしてああいうことをするのか……。動物やペットを可愛がるような気持ちなのか。大和は残念ながら九条天ではないので、彼の気持ちはとんとわからない。そう言えば仕事で、二人でオーロラを見に行った時、犬をとても可愛がっていたことが思い出せる。
「犬か? 俺は……
「おっさんはどっちかってーと、猫っぽい気がするけどなぁ」
 独り言に、ひょいっと小さなつまみの皿を持って現れたのは和泉三月だ。まるで居酒屋の『お通し』みたいな気が利いた根菜とモツの煮込みで、当たり前のように受け取って礼も軽くしか言わなかったので、同じ卓で勉強していた環に肘で小突かれた。
「ヤマさん、みっきーに失礼ダゾ」
「三月様、アリガトウゴザイマス」
「猫の餌やりみたいなもんだから気にすんな」
「酷い! 三月様、ヒドイ!!」
 そう言いながら、プシュッとビールを開けると、「ヤマさん全然反省してねぇな」と環が肩に頭突きしてくる。それをわしゃわしゃと左手で撫でると、むふーと鼻で息をする。「タマは犬だな」と大和はこっそり思った。
「タマさぁ、こんな風に誰かに触られたらどう思う?」
「知らない人に?」
「まぁ……知ってる人に」
「何だー? 大和さんもしかしてセクハラとかされてんの?」
 三月はそう言いながら野菜や茸のあんかけが乗った揚げ出し豆腐を卓に置いて、自分もソファに腰掛ける。

<続く>