sugu_yoru
2021-11-23 18:53:38
2493文字
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【チョロ十】ユー・ガット・メール

人によっては、あまりハッピーではない。何でも許せる人向け。

チョロ松 side

「お」

 ノートパソコンにわずかな電子音がして、僕は顔を綻ばせる。右上の小さなウィンドウには、ある人物からのメッセージが到着した知らせが表示されていた。いそいそとGoogleメールを起動すると、目当ての相手からの内容が確認できた。
 僕はにんまりとメールを開封して目を通し、早速返信の文章を作成しにかかる。『あなたのおかげで上手いこと行ってます』と取りあえず短く返すと、パソコンの側に腰を掛ける。彼女からの返信を待つためだ。

 弟に恋をしている。不毛な恋だ。僕はそれを忘れようと努力していた。そんな中、ネットで知り合ったのは『ワカバ』さんという女性だ。『彼女』とのやりとりが始まったのは数ヶ月前。最初はにゃーちゃんのファンが作るSNSの中で、僕にコメントしてくだすって、女神かと思った。
 もしだったら彼女との間でロマンスが芽生えるってのも、アリなんじゃないかな~って思ったりもしたけれど……事態は思わぬ方向へ転がった。なんと彼女も『女性』が好きで、しかも六人姉妹の一人なんだって。こんな偶然あると思う?
 いやいやナイ。ないよ。落ち着いて! でも僕は藁にも縋りたい気持ちで彼女に悩みを吐露したのが始まり。毎日彼女にメールを送っていた。『今日は一緒に買い物に行った』とか『今日は部屋の中で将棋して遊んだ』とか逐一報告するのだ。
 暫くすると右上にまたメールの到着を知らせる小窓。
『それは良かったです。では次はこうしてみましょうか?』
 そう、彼女はこのように僕に指示を与えるようになったのだ。僕はそれを有り難く享受して、彼女のアドバイス通りに五番目の弟に接している。そう、僕が恋しているのは十四松、五番目の六つ子の兄弟だった。

「十四松」
「ん~?!」
 黄色くてデカい『丸』を抱きしめた弟は、声だけで返事してくる。「暇じゃない?」と僕は内心のドキドキを隠しながら続けた。そこでやっと顔がぴゅいっと上げられる。
「ヒーマー⤴︎」
「だーなー⤵︎ でしょ? だから僕とちょっと出かけようよ」
 「買い物につきあって欲しいんだ」という僕の言葉に、十四松は疑いもしないようだった。僕は弟の洋服ダンスを引き出して、勝手に黄色いチェックシャツとオーバーオールを取り出して靴下と共にバランスボールの側に置いた。
 弟は『そうか。着替えるのか』みたいなムムム顔をして、素直にパンイチになると靴下から履きにかかる。僕は実はもうそれを見ているのでさえも、最近危うかった(頭がイカれてるのだと思う)。
「荷物持ちでっか?」
「まー、そんなトコ」
 そう答えながら、ワカバさんに教えてもらった喫茶店のクーポンのQRを、僕の携帯に転送する。スマートフォンを持っているのは何もトド松だけではない。プリベイトカードで必要な金額を払いさえすれば、たまにバイトするぐらいの僕でもスマートフォンを持つことができる。
 例の『彼女』、『ワカバ』さんが教えてくれた店は、古びた喫茶店で……見栄っ張りな僕には少し物足りなくも感じられた。しかし頼んだナポリタンがとにかく美味しくて、僕も十四松も大満足だった。満腹になり、てふてふとそこの近所の広い公園を二人で散歩する。
 ポカポカと良い天気で、十四松は可愛らしく、僕が用意したつなぎなんかを着ている。あれ、これってば良い感じなんじゃないの? 「十四松」と呼ぶと、「なー⤴︎ にー⤴︎ ?」とばかりに首だけ振り返った弟の腕を、黄色いチェックのシャツの上から捕まえる。
 手、て? (でいいの?)繋いじゃったよ! ワカバさんありがとう!! 僕は浮かれてスキップみたいに足をステップさせたら、十四松もそれに合わせて跳ねるようにして歩いたので、道行く人には見られたし、素晴らしい速度で家に着きデートは終わってしまった(買い物に行きそびれた)。
 でも僕は、幸福(しあわせ)だったのだ。

* * *

十四松 side

 目が覚めるとぼくの右隣には誰も横たわっていなかった。だからぼくもこっそり布団を抜け出して、襖を開けると階下にそうっと降りて行く。居間では真っ暗闇の中、チョロ松兄さんのノートパソコンだけが光っている。僕はそれに近づいてまだあたたかいおざぶの上にぼくもチョコンと正座した。
 ヂヂヂと、僕の頭の上で金魚の飾りが付いた蛍光灯が瞬いている。暗い箱の中には窓が二つ。それはGoogleとYahoo!のメール画面だった。Googleの方は色々なメルマガが並んでいるが、Yahoo!の方はたった一人からのメールを受け続けているようだった。
 それは『松野チョロ松』のGoogleアカウントからで、今開いているウィンドウの片方のアカウントからだ。そしてYahoo!のアカウント名は『ワカバ』となっていて、たった今誰かに向かってメールを打ったのだろう。送信済みのページが開きっぱなしだった。
 すると、液晶の右上にGoogleメールが一通届いたと表示が出ていた。ぼくはおっかなびっくり操作して、そのメールを開く。するとそこには、先ほどYahoo!メールから送られたメールが届いていた。僕は夜だというのに、声を出してそれを読んだ。

『そちらも上手くいったようで良かったです、どうかお幸せに』

「だってさ」

 いつの間にか僕の真後ろに立っていた兄は、腕をそっと伸ばしてマウスを奪い取る。反対の腕はぼくの肩に回される。ぼくは恐ろしすぎて、もう振り返ることもできず、音読したことを後悔しながら真っ直ぐに画面を見続ける。
「ワカバさんはさ、僕らの幸せをずっと願っていてくれてね」
「あい……
「僕のことをずっと、応援していてくれるんだって。僕の幸せは、彼女の幸せでもあるんだ」
 チョロ松兄さんはぼくに纏わりつくように画面を覗き込んで、Googleメールを操作する。ぞっとする量のYahoo!メールからのメッセージが表示されたが、きっとこれは……チョロ松兄さんがチョロ松兄さん宛に送ったものだと理解できる。

「幸せになろうね、十四松」

<了>