sugu_yoru
2021-11-19 12:42:21
2418文字
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【AとO】雨の歌に似ている(は●だしっ子)

三原順先生『はみだしっ子』二次創作。最終巻後少し経ってからのアンジーとフーちゃん。続きます。

 休みの予定が決まって、寮の公衆電話から何気なく電話をかけた相手はオフィーリアだ。『はい!』と慌ただしい騒音のあと、響いて来た元気な声に、アンジー・クレーマーは笑い声を漏らす。指にくるくると受話器のコードを巻き付ける。
「ワンコールも鳴らずに繋がるだなんて、お姉様は電話の脇で生活しなさっているわけ?」
……久し振りだってのに、アンタ。また私を愚弄する気なのね?』
 受話器の向こう側の剣幕に、驚くよりも笑ってしまった。吹きつけられる鼻息すら愛おしい。瞳を閉じて、彼の人を想像するとなだめるように声を出した。まだお金が足りなくなっていないのに、追加でコインを投入した。
「違うよ、久し振りだね『フー姉様』」
 昔からの愛称で呼んでやると、それだけで機嫌が直ったようだった。彼女に限らず、女という生き物はアンジーにとっては容易いはずだ(家にいる黒髪の兄に比べればよっぽど扱いやすい)。彼女に至っては、そう思わされているというフシもあるのだが……
『ま、まぁそうね。電話ですら久し振りじゃない』
「勉強頑張ってたんだよ、誰かさんの『期待』背負ってますから」
 受話器の向こうで春のように笑い声が聞こえた。そうしてソレに全力で乗っかって来てくれる。
『覚えているんでしょうね? 貸したのよ? あげてないわよ?』
「わーかってるよ、それで、ちょっと『一部』だけ返しに行ってもイイカシラ?」
『え?』
「逢いに行っても?」

雨の歌に似ている

 本当はパムにも休みができたら家に連絡するように言われていたのだが、フーちゃんの方に先に電話を掛けてしまった。実はだいぶん前から彼女の家にあるはずの『あるもの』を取りに戻りたくてしょうがなかったのだ。
 それはアンジーたちを模したパペット人形だった。アンジーが作った物もあるし、フーちゃんが作った物もある。元来器用なアンジーとは違って、何をするにもおっちょこちょいなお姉様は、どういうわけか裁縫だけは抜群に得意だった。
 緑色のトンネルの中、革靴で白い土の道を歩きながらそんなことを思い出している間に、彼女のレトロな別荘に到着した。入り口のところに、農作業で使うのだろう、鍬などが置いてあって何だかゾッとする。
 チリンチリン。
 玄関の呼び鈴の音が古くさいが、出て来た女も骨董ものだ。レンズの大きな眼鏡は、彼女の実は小さな顔を覆い隠すほどである。実はそこまで目が悪いということはないのだと思う。ドレスアップして眼鏡を外し、エイダと出掛ける用意をしていた時、照れ隠しから邪魔してしまった記憶がある。
「お姉様さぁ、そのやぼったい眼鏡外す気はないの?」
 そう言いながら眼鏡に指をかけようとしたら、後ろにさっと避けられた。妙に素早い。口笛を吹いて、その素早さを讃えると、じっとりとその眼鏡の奥から睨まれた。
「折角可愛いお顔なのに、って言ってるんだよ」
 口の中で何とか世辞を捻り出すと、我らがフーちゃんはようやく満足して、ドアの横にズレるとアンジーを家へ招き入れた。
……なんか、変な感じだわね。アンタが私より上背だなんて」
 そう間近で見上げられてアンジーは心の中でドギマギとしてしまった。しかし彼女はこちら側のトキメキなんざぁおかまいなしで鼻で笑うのだ。
「ふんっ、まぁでもナリばかりが大きくなったって、アンタはまだまだよ」
 まるでKissをするような距離にすら怯まず、大きな口を開けて笑われてしまった。虫歯がない、真っ白な歯の列を覗き込んで、アンジーは言葉を重ねようと口を開く。
「おねぇ……
「さーてと、さっさと入りなさい。入り口は冷えるのよ、女に冷えは大敵なのよ?」
 アンジーは口を閉じ肩を上げて、わずかに『やれやれ』と眉を顰めると、誰に見られるでもなく両手のひらをうえに上げた。
 この別荘を訪れるのは養子に行ってから二回目である。一度、寂しさにやりきれなくて家族と何かあったふりをして逃げ込んだ。その時にはまだ彼女の方が少しばかり上背があってこっそりがっかりしたものだった。でも今は……
……何ニヤニヤしてんの? ハイ、泥落としてさっさと入って来て。外気が寒いんだってば」
 そう言うとフーちゃんは、木でできた靴底の泥落としをズズイと行儀悪くスリッパで蹴って寄越した。『学生』という身分になってからというもの。アンジーの身なりの派手さは大人しめだ。しかしやはりレースは欠かせなくて、ジャケットの下に着ているシンプルなブラウスには、首元に上品な程度のレースが付けられている。
 ジャックがつけた家庭教師は流石の腕前で、学校に入ってからもアンジーは落ちこぼれることもなく勉学に勤しんでいた。ロナルドには学内での立ち回りについて習っていたし、喧嘩の仕方は放浪の間に厭ってほど勉強したもので。
 残酷な学園生活で綺麗な顔を死守するのは容易い。だが、髪の毛だけは、切らないわけにはいかない空気があって、物凄く不本意だが皆が「ここで?!」というタイミングでいきなり散髪して授業へ出向いてやった(今まで頑なに切らなかったというのに……)。
 評判は上々で、女生徒のファンクラブの人数が増えたらしい(と、ゴシップ好きの学友が言っていた)。
 その髪型を、彼女は何も指摘しなかった。それが何だかアンジーに関心がないようで面白くない。格好だって、いつもの彼より落ち着いてスマートなのに。もしかしたらそれが気に食わないのかもしれないな、と気づいたところで、先を歩く彼女がぐるりとこちらへ振り返った。
「う、ウェホン! で、何しに来たんだっけ?」
「電話で言ったのに忘れちゃったの? お姉様の期待を少しだけ返しに来たって」
 そう言って、黒い皮の手袋を外しながら、手のひらに持っていた紙袋を渡してやる。中には、学園のすぐそばにある人気のパティスリーのチョコレートが入っていた。

<続く>