SNSなどで人気のある地下アイドル五人組が事務所つきになってメジャーデヴューした。全員がそれなりに個性的なメンツで、特にインフルエンサーなのは同性愛者であることを公表している『ホーム』という男の子だ。
「何か、大和君のファンだったんだって」
「へぇ」
メイクさんから噂話を聞いて、これはその『ホーム』という少年の差し金ではないかと大和は瞬時に疑った。普段の大和だったら興味がない内容でも、相手にもっと話させるように促したり、差し障りのない相槌を打って空気を良くしようと試みるが、今日はすぐにスマフォを取り出してそこに注視する振りをした。
「聞いた話だと……」
「ちょっとすみません、事務所から段取りのメールが来てるんで、集中して読ませていただいても良いですか?」
「あ! スミマセン、どうぞどうぞ」
その後は大和がスマフォを閉じても、メイクさんは先ほどのことを掘り下げたりしなかった(そのぐらいには、空気が読める人で良かった)。ヘアメイクで特に意地悪もされず仕上がりは通常より盛れて見えた。
「二階堂大和」
フルネームの呼び方に、首の後ろを押さえながら振り返ると、自分よりよっぽど美しく仕上がった九条天が、大和に追いつこうと少し小走りでこちらへ向かって来る。大和はしっかり立ち止まって彼の人を待った。
「TRIGGERも下のスタジオ?」
「寝ぼけてるの? 君たちのMEZZO”と同じ歌番組だよ」
「ハ! 冗談だよ。あいつらよろしくな~」
「バラエティ番組のゲストでしょ? 入りがはやくない?」
「あー……九条と同じ番組にMEZZO”が出るだろ? 同じ局だし一緒に乗せて来てもらっちゃった」
「なるほどね」
何だか、九条が煮え切らない。キョロキョロと周りを見渡す九条天がどこか心許なくて、思わず右手を彼の頭に乗せようとしたところで、「天、そろそろリハーサルが始まるぞ」と漢らしい声が廊下に鳴り響いた。
「おー、八乙女」
「何だ、二階堂もいたのか」
「五月蝿いのが来たから行くね」
最後にようやくと言った形でこちらに手を伸ばし、大和の腕を掴むように軽く触れた。大和はそれが実は結構衝撃的だった。「ああ、うん」だとか大和がどこか曖昧にそれに答えると、TRIGGERの内二人はリハーサルに向かって廊下の向こうへ消えて行った。
* * *
収録が終わると同時に、廊下で大和の前へ走り出てくる小柄な影があった。小柄と言っても、自分とこの和泉三月よりは大きくて、七瀬陸よりは小さい。顔を上げたその青年は、青年と言うよりは少年に近いようなあどけない整った顔だちをしている。
それとは裏腹にピアスだらけの耳をしていて、唇の下にもそれが光っているなぁと気を取られていると、少年はようやくその飾りがついた唇を震えながら動かした。アニメの声優のような、高く特徴のある声色をしている。
「二階堂大和さん……! あの、その僕ずっと前からあなたの大ファンで」
「そうなんですか、ありがとうございます。その……」
「僕、最近デビューした五人グループ『シトロエン』の一員の、ホームって言います。初めまして」
「あ、どうもハジメマシテ」
面倒くさくて、はやく楽屋に帰りたいが、大和の方から右手を差しだしてやった。相手は案の上差し出された右手を両手の平で包み込むと、感動したようにブンブンとシェイクしてくる(その衝撃で眼鏡がわずかにズレた)。
「あの、本当に憧れで……出演された映像作品が円盤化されたものは全て持ってますし。ああ、お時間とらせてしまってすみません。あの、差し出がましいとは思うのですが、連絡先を交換させてはいただけないでしょうか?」
「いやぁ、初対面の方とはちょっと……」
「あ! そ、そーですよね!! せめてあのここにサイ……」
「ヤマさーん、待ってたんだよ! 早くしてーってそうちゃんが」
「環君、僕はそんな……」
ホーム君が何かゴソゴソと荷物を探っていると、彼の後ろからMEZZO”の二人が顔を出した。大和は助かったとばかりに右手を差し上げる。大和だって愛想が悪いわけではないが、何でだかサインを今ここでしたくはなかった。
「今行く。ということですみません。またお仕事で一緒になった時にでも、ホーム君」
笑いかけて瞳を覗き込むと、首から額まで真っ赤に肌を染めてようやく頷いてくれた。大和はじりじりと後ずさって小さくもう一度手を振ると、愛すべきMEZZO”の元へと走りよった。
「いや〜たーすかったよ。タマ、ソウ! 帰りラーメン奢ってやろうか?」
「今日、三月さんおでん作るって言ってましたよ」
「うわーヤマさん、じゃあ明日! あした約束!!」
「明日は学校のあとラジオ番組でしょ?」
「はは、じゃあラーメンは今度な! にしても俺が困ってるってお前さんたち、良く分かったね」
そう言いながら楽屋に手早く戻って、手荷物を持ち上げて再び廊下に出る。長い廊下の先から、先ほどのホーム君が熱い視線を送っていたが、環と壮五が大和を挟むようにしてくれたので何だか心強かった。
「だってぇ、リハも本番も控え室でも、さっきのホームって奴、めぇっちゃ五月蝿かったんだもん、ヤマさんヤマさーんって!」
「まぁ熱烈だったよね」
「そーちゃんだってキレてたじゃーん! 途中からなんかこーぶわわーってオーラ、怖かったもん!」
「まぁ僕らが短くない時間で知った大和さんのことを、初めて逢った子にしつこく聞かれるの、気分良くないよ」
「なー? 俺らのヤマさんなのに。てんてんも『星巡りの観測者』の時のヤマさんのこと聞かれまくって、途中で楽屋出てちゃったもんな」
「へぇ」
成る程。あの突然の訪問はそういうわけだったのだ。TRIGGERはどうしているだろうっと肩越しに振り返りかけて、環に頭を真っ直ぐに戻された。「ヤマさん前向くんよ!」と環に言われて、「へいへい」と素直に従うしかなかった。
* * *
「悪い子じゃないんだけどなぁ!」
おでんを猫舌の大和のために少し先に取り分けてくれながら、和泉三月がそう言うので大和は少し吃驚しながらその皿を受け取った。
<続く>
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