眠れなかったとしても、身体を休めなくてはならない(二人とも夕方には収録の予定が入っていた)。彼女が来るまで五時間はかかるだろう。
「マネージャー何て?」
と上目遣いで聞いてくる二階堂大和の顔が小さい。顔だけ小さくなって、髪の長さがそのままなのか、普段より長くなった印象を受ける。九条天は目線を逸らせた。
「すぐこちらに向かうそうだよ、キミに出来ることはそうだな。とりあえず眠れなくてもベッドに横になって」
「は、眠れるわけ……」
「昼間も仕事だったし、今こんなことになって気も昂っているだろうから。落ち着くためにも横になった方がいいよ。待ってて、フロントにホットミルク頼んであげる」
天はそう言って座るにすわれなかったソファを離れると、フロントに電話してホットミルクを頼んだ(何となく、蜂蜜入りだ)。電話を切って振り返ると、二階堂大和は大人しくベッドに潜り込んでいた。天は目を細めて「ん、エライ」と呟くと、ベッドサイドに腰をかけて、それでも出ている肩を隠してやった。
「今更だけど、九条。超お兄ちゃんだな」
「それはまぁ、陸がいるし」
「そっか、いいな」
と二階堂大和が素直に目を閉じたもので、少し大きくなったような眼鏡を外してやると、ベッドサイドのチェストに静かに置いた。部屋のインターホンが鳴って、立ち上がった時に後ろにくんっと引かれた気配がして、それで大和が天のパジャマの裾を掴んでいたことに気づく。
急いで振り返るが、シルクはするりと彼の小さくなった手から抜けてしまったのか、二人の間を繋ぐものはなかった。天は自分の襟足に手のひらを充てがうと、気を取り直してホットミルクを受け取りに、入り口へ向かった。
果たして、小鳥遊紡がホテルの地下駐車場に着いたのは朝の七時手前だった。連絡を受けて、天は二階堂大和を支えるように部屋を出ると、地下へ向かうエレベーターに付き添って降りて行った。人が来れば壁になろうとも思ったが、混むであろうバイキング会場へ向かうエレベーターは中央のものだけだったので、心配は稀有に終わった(天たちが乗ったのはホテルの端のエレベーターだ)。
「お二人が来る前に、大和さんのチェックアウトは済ませておきました」
彼(彼女)の姿を見て驚いただろうに、小鳥遊紡はにっこり笑いかけて、大和に大きめのショールを被せる。ブカブカの衣服を纏って帽子を深く被った大和は、その重みに蹌踉(よろ)めくようだった。
「九条さんも同乗されますか?」
「いや、朝スタッフに挨拶がてら、経緯を説明しておくから残るよ。『二階堂大和は体調が不調になったようだ』って」
「そうですか、助かります。あの……このことは」
「もちろん、詳細は誰にも話さないよ」
ペコリと頭を下げた紡の顔色が悪い。車に乗り込んだところで、窓が開いて二階堂大和が不安そうに顔を覗かせた。「九条」と、名前を呼んでくれるもので。それ以上喋らせないように腕を伸ばした。緑がかった、普段より小さい頭を幾度か撫でる。
「夜の仕返し。また、仕事でね」
と安心させるように笑って彼を見つめると、紡がミラー越しに会釈をして、レトロなワゴンは出発した。車が見えなくなるまで見送って、九条天は一度身震いすると、朝食を取りに会場に向かった。彼に触れた手のひらが冷たく感じられた。
二階堂大和が芸能活動を無期限で休止すると発表があったのは、その日の夜、音楽番組の生放送でだった。
「IDOLiSH7のリーダー、二階堂大和さんは、療養のため、無期限で活動を休止します」
と気丈にも発表した弟(七瀬陸)の声は震えていた。そのあとは六弥ナギと和泉一織が淀みなく説明と牽制の内容を伝えて来る。十代の連係プレイに、マイクを持っている一織その人と小鳥遊プロダクションの思惑が透けて見える。
何か身体か心の不調だとは伝える。しかしその詳細は名言せず、憶測や追求があることが大和の療養の妨げになることを強く伝える。これで『追う者は悪』の図式が完成した。最後に和泉三月が大和からファンへの伝言を読み上げて締めた。
「『みんな、心配しないで気楽に待っててください。すぐに復活するんで』」
「天、お前。知っていたか」
楽屋でTRIGGER三人きりになるなり、八乙女楽はそう言ってドッカリと腰を下ろした(脚がめちゃくちゃ開いている)。件の生放送にTRIGGERは出ていない。収録番組に出ていて、スタッフのざわめきでIDOLiSH7の発表を知った形だ。
「……昨日のロケ一緒だったから」
「大和くん、大丈夫かなぁ? ラビチャ送ったら返ってはきたけれど」
同じく心配そうに眉を下げる十龍之介に「二階堂は、何て?」と楽が龍之介の隣に移動した。
「『アイツ等の発表の通りです、早めに体調を戻して現場に復帰するんで、待ってやってください』だって」
「見事」と九条天は心の中で拍手しかけてやめた。一つも嘘もついていないからだ。今度は自分が試される番かもなっと、刺すような八乙女楽の視線を受けて天はソファに座り直した。瞳を伏せると、つらつらと話し始める。
「ロケのあと、飲み会があって。彼、ボクの身代わりにだいぶ飲まされて、夜半に助けて欲しかったのか部屋に呼ばれた。だからボクが彼らのマネージャーに連絡したんだ」
「紡にか? 二日酔いとかじゃなくて、そんなに具合が悪くなったのか?」
「救急車とかじゃなくて良かったの? 騒ぎになるからやめたとか……」
「彼の状態については、ボクから言いたくない」
「プライバシーだもんね」
「まぁそんなとこ」
「……すぐ良くなるだろ」
追求して聞きたいのを我慢して、八乙女はイライラしたように席を立った。メンバーの二人が良い奴らで良かった。九条天はそう思いながら、自分もスマートフォンを取り出してラビチャの画面を開く。
『楽も龍も、心配してる』
もちろんボクも。それから毎日二階堂大和にラビチャを送るようになったが、彼とは会えないまま、日々はどんどん過ぎて行った。
<続く>
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