華京院学園はエーデルローズ財団が経営しているが、全員がプリズムスタァの卵ってわけではない。タイガやシンは、芸能活動やプリズムショーがしやすい、いわゆる『スポーツや芸能活動がしやすいクラス』にいるが、普通の生徒だってその中に混じっている。
だから、まるでミーハーなファンのように同級生に接されるのが面倒くさい時もあった。今日は山田リョウが寮運営の雑務(買い出しがメインらしい)で不在とかで、練習は自主練のはずだ。頻繁に休む高校の用事で、十王院カケルが手間取っているのを、タイガは校舎で待ってやることにした。
誰かの話し声で薄目を開ける。それは高校に上がってクラスが一緒になったやつらで、笑い方が何だか癪に触った。だから香賀美タイガは寝たふりをキメたままその場に居座ることにした。だってスマショに『教室へ迎えに行く』ってメッセージがあったからだ(入れ違いは避けたい)。
「あのさー」
「ボンボンだろ?」
「そそ、余興でやってんだろ? ……アイツ(ここできっとタイガを見てる)とか『マジ』じゃねぇこと、気に食わなくねぇのかな?」
「言えてる」
チラチラと視線が煩わしい。タイガが我慢しきれなくて飛び起きようとした瞬間、「ターイガきゅん、おっまた~」って呑気に現れたのは件の十王院カケルだった。男の子たちはゲラゲラ笑いながら席を立って逃げて行く。
「おい……っ!」
タイガがガタッと逃さないとばかりに席を立ったが、「待って」とたおやかな白い腕に制される。細腕にこんなに力があったのかと驚きつつ、タイガは動きを止めた。「こー見えても鍛えてるからねん」と、こちらの心を見透かしたように軽快な声が、二人きりになった教室に響いた。
夕方……とは言ってもこの時間帯まだまだ明るい。黄色い日差しが差し込む校舎で、何だか燃えるように赤いカケルが心許ない。お日様みたいな色の瞳が、優しく微笑んだものだから「おめぇ、言われたまんまにしておくのかよ」と出た言葉はきっと、彼に許された形だ。
「言い返さねぇの」
「は、何を?」
「言い返すっつか……やり返さねぇの?」
「どうやってだよ、もー……」
「そ、の。いつもみたいに悪知恵働かせたり」
「うんうん」
「財を使って」
「それはあんまりフェアじゃないかにゃー」
粘るタイガに、少し疲れたようにする。だから傷ついた、こちらはお前のために怒っているのになどと、独りよがりなことを考えて舌打ちする。音と共に脱力したタイガを余所に、カケルの方はふと、『抜け殻』みたいな気配になる。
周りに頓着せず、『我』が出てしまっている。普段なら、彼が自分に対してそれを見せる時、タイガは嬉しいものだけれど。こんな諦めに似た雰囲気は苦手というか、彼がかれ自身を大切にしていないようで悔しかった。
「だって、あの子たちまだ、スタートラインにも立ってないじゃない」
「は?」
「目指すものなんてないでしょ? タイガと同じクラスだけど、メディアで彼らのことなんて見たことも聞いたこともないし。全然悔しくないよ、僕ちゃんもタイガもとぉーっても高いところしか見てないんだから」
カケルが言う『とぉーっても高いところ』。翻る赤いマント、きらめく王冠、笑顔が眩しい先輩たち三人の背が、紅い光の中で急激にフラッシュバックした気がして。すると、こちらに振り返るカケルがぎょっとしたように駆け寄って来る。
「ちょちょ、なぁに泣いてんだよタイガ」
「あぁ?」
言われて瞬くと、確かに左側の瞳から雫が一つ転がり落ちる。不意にカケルがタイガの腕を掴んで引き寄せた。濡れた感触が頬を走り、ちぱっと唇が離される。「しょっぱ」と耳のすぐ傍で囁かれて体温が上がった。
「~っ、どこでスイッチ入るんだよおめぇは!」
「美少年の涙、これ以上にスイッチ入ることなんてありますかねぇ」
タイガはカケルの眼鏡を彼の額にぐいっと上げると、白い頬を掴んで自分から彼の唇に噛みついた。数分後には、失礼な奴のことなんてすっかり頭から消え去っているだろう。きっと、そうに違いない。
<おしまい>
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