広げて合わせれば十王院カケルの方が少し大きい。でも一本いっぽんは、香賀美タイガの方が漢らしくて指の腹が平たく大きかった。カケルが何でそんなこと知ってるかって言うと、二人は頻繁にこっそり手をつなぐからだ。
初夏には白過ぎるカケルの手を引いて、タイガが木立の中をズンズンと迷いもなく進む。涼みに来たはずの公園で、顔見知った華京院学園の生徒を見つけてしまった。カケルが最初気づかなかったのは、おそらくタイガの学年の生徒だったからであろう(学園内の生徒の顔をカケルはそこそこ覚えているが、太刀花ユキノジョウなどは逆にてんで認識していない)。
彼がそれに感づいて遊歩道じゃない茂みに逸れたので、唐突な誘導につんのめりながらカケルは何とかその背を追った。ブンブンと繋いだ手を振りながら歩く二人の頭上で、クマンバチが唸り声を上げていて焦る。
「ちょちょちょ、虫、むし、ムシ……僕ちゃん虫刺されるのはちょっとごめんなんだけどにゃぁ?」
そう言ったら「おめぇ虫除けスプレー常時携帯しているだろうが」って、『きゅんにしてはよく覚えていたねぇ』といった内容で返される。背負っていた鞄から小さなスプレータイプの虫除けを取り出すと、ほとんど裸みたいな(タンクトップ姿の)タイガを、余すところなくスプレーまみれにした。
自分もわずかに出ている肌色の部分に申し分なくかける。タイガはそれを見て、自分の肌をしっとり濡らすスプレーに顔をもにょもにょと不快そうに歪めている。タンクトップの裾で少し拭うようにしているので、カケルが唇を尖らせると、タイガが思わずといったように笑った。
「ぶ、俺は別にいいのに」
「タイガきゅんは良くっても、君はエーデルローズの商品でもあるんだからね。商品は品質を保たなくっちゃ」
「ふぅん」
こんなやりとりをしながらもスプレーをかけ終わると、待ちかねたように手首を再び捕まれた。そのままずんずんと進んでいく。今度はカケルはなにも聞いたりはしなかった。もしかしたらタイガは、この森林公園の奥でUFOでも見つけて、カケルに教えたいのかもしれない。
いやSFって柄じゃないか、竜……とか? しかも怪我したりして、そういう生き物の方がタイガにはなんだかしっくりくるかもな、などと思う。そこであの白くて丸い、ふくふくした可愛い子のことも思い出した。
「今日はさぁ……、いないの? あの子」
「あぁん?」
「えぇ~……、何怒り? 何いかりなの? それ……」
カケルはトラチを気に入っている。それを正直タイガは苦々しく思っているようで、冷たく答えを紡がれる。「姉貴が上京してて……、なんか連れ回してる」と答えられて、カケルは残念と思うよりどこかホッとした心地になった。
「あっつ……」
木漏れ日の中は涼しいが、合間から差す日光にぶち当たるとじわりと汗が浮かぶ。しかししばらく進むとマイナスイオンというか、水のささやかな音と共に森林が急に開けた。そこは、人工的に作られた『小川』と『池』で、誰も近寄れないように黄色い紐がぐるりと取り囲んでいる。カケルとタイガが突っ切ってきた方角と垂直に、真新しい遊歩道が続いているのが見える。
「来週から開放されるんだと」
「タイガきゅ〜ん、そっちの新しい道から来ればよかったんじゃにゃいの?」
「うるせぇ、咄嗟だったし、近道だっただろうが」
そう言ってタイガは手を離さないまま、そのロープをくぐっていく。「わ! ちょ!! タイガきゅん、タンマ!!!」とカケルは焦るが「うるせえ」と再び一蹴されて川辺に到着した。タイガが言うのは本当のようで、人口の川と池は出来立てで、試運転で流しているのか水は透明だった。
そこでようやくタイガはカケルの手のひらを離した。しゃがみ込むと目の前の水にバシャンと白い腕を沈める。その腕が生白い烏賊みたいにぐにゃぐにゃと水の中で揺れている。「はー、ひゃっけぇ~」と、目を細めて一瞬だけぶるりと震えるタイガは気持ちが良さそうだった。
カケルは解放された手のひらを見つめる。残された手は汗ばんでいて、風が吹くと急に冷えるようだ。
「……」
バシャンッ! と水音。
「つっめて! お前いきなり突っ込むなよ」
「突飛なことばっかりしてるタイガきゅんに言われたくなーいな」
そう答えてするりと水の中、指とゆびが全て絡まるように手を繋いだ。タイガがぎくりと身体を強張らせる。カケルは膝を抱えあって座るタイガに笑いかけて、水の中で手のひらをにぎにぎする。
「はぁ~水の中だとするする手が繋げるね」
「おめーさぁ、おめぇ。こういうの、わざとやってんの?」
「は?」
ぐいっと繋いだ手を水中で引っ張られて、上唇の上と鼻の間に柔らかい衝撃があった。息が吹きかかる距離で、一度半目でこちらをじいっと見つめられる。ああ、こんな漆黒の髪の毛に、透き通るような緑の瞳なんて、神様罪なものを作りましたよ……!
「タイガきゅ~ん、外しましたよ」
「……うっせ」
「こういうのは衝動でやらないの、じっくり狙いを定めてやるもんでしょうが」
そう言って眼鏡を自分で取ると、薄く口を開けてカケルの方から距離を近づけた。水の中で、タイガの指が引き攣ったように少しだけ戦慄いた。川の流れる水音より、自分たちの間で繰り広げられる水音が大きくなって、二人はようやく離れると、気まずそうに口元を拭った。
<おしまい>
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