山田一郎とて、まだ十代後半なもので。立場的に達観していなければならないし、高校を卒業するまで待ってやらなければなと思ってはいたのだけれど。若い、二人ともいかんせん『わかい』。我慢ができなくなったのは次男の方であったが、あれよあれよという間に体の関係を持ってしまった。
……いけない、顔がニヤける。二郎の部屋からこっそり退出すると後ろ手に扉を閉める。同時に「ただいま帰りましたー」っと少し主張した高い声が聞こえてくる。山田一郎が階段を降りて行くと、リビングに末弟の三郎がいて笑いかけてきた。
「ただいま、一兄」
「おお、おかえり」
「あの、もしかして二郎の奴もう帰っています?」
キョロリと視線を巡らされて内心肝が冷える。「ああ、アイツ昼過ぎに帰ってきてる」と伝えると、「そうなんですよね、アイツ駅に着いた段階で今日が半日だって気づいたみたいで。一兄のお弁当を作る手間を取らせて申し訳ないです」と眉を下げる。一郎は震えを誤魔化しながら笑った。
「はは、何で三郎が謝るんだよ」
昼前に仕事(コンビニの施工のヘルプに入っていた)から戻って来て、シャワーしてキッチンへ向かうと、二郎が一人でお弁当箱を洗っていた。生憎疲れていたもので、「にいちゃ……兄貴、今日俺半ドンだった」だなんて笑うのに、「莫迦だなぁ」って言葉の代わりに「可愛い」って口から本音が零れ出ていた。
「まただらしなく寝てるんでしょう、僕起こして来ますね」
ため息とともに階段を入れ違おうとする三郎に、「いや待って、寝かしとけ。少し熱っぽいみたいなんだよ」と言葉をかける。すると三郎の気配が急に『呆れ』→『心配』にシフトチェンジする。「莫迦は風邪引かないかと思っていました……」という言葉が、しおしおとまず元気がなくなっている。
「これから飯作るからよ、さぶちゃんは洗濯物畳んでくれるか?」
「はい、もちろんです一兄」
頷いてくれたのでホッとする。もし心配で次男の部屋に三郎が行ったとしても、致したのは一郎の部屋だったし、終わったあとすぐ二人でシャワーを浴びた。熱っぽいのは実は本当のことで、無理させたことは否めない。
「……そのまま二郎の部屋でイチャイチャしていたんだよな」
蛇口や鍋の金属に、だらしない自分の表情が写り込んでいて、ブンブンと頭を振る。『兄弟』の頭に戻らなくてはならない。普段この『オン』と『オフ』は一郎にとって容易いものだったが、今日は流石に難しかった。
卵を買いすぎたのでオムレツを作る。中に春雨やジャガイモ、キノコ類などを入れればそこそこ食べがいがある。あえて『オムライス』にしなかったのは、何だか浮かれてる気持ちが、あからさまに出てしまう気がしたからだ。
それでもウィンナーを入れたケチャップご飯をたっぷり作ると、階下から弟たちを呼んだ。
「おぉーい、三郎~二郎~ご飯だぞ~」
いつもだったら飛び出して来る二人が降りて来ない。三郎はともかく、二郎は自分のせいかも知れない。心配してエプロン姿のまま上の階へ上がると、二郎の部屋の扉がわずかに開いていた。思わず声を潜めて覗き込む。すると、眠っている二郎の胸元に額をつけている三郎が見えた。
「お……」
声を掛けかけると、三郎がスッと顔を上げた。寝ていたせいだろうか、大きな目の端が赤く、それが真っ直ぐにこちらを射抜いて来たので、一郎は思わず言葉を飲み込んだ。どうするべきか後ろ頭を掻くと、向こう側から扉が開いた。
「すみません、一兄。……二郎はおっしゃる通り具合が悪いみたいで」
そう言う三郎の方が顔色が悪いみたいだった。そこで一郎はこの聡い弟に何もかも隠しておけない気分になって、まだ自分より二郎よりも華奢な肩をぐぅわっと掴むと、唐突に口を開きかけた。すると、三郎が、まるでその言葉を堰き止めるように、手のひらを一郎の口大きな口にパシリとぶつけて来る。
「一兄、僕、まだ。心の準備ができないみたいなんです……その、少し待っていただけますか?」
と眉を下げて言ってくるもので、一郎は「お、おうそうだよな!」とバンバンと華奢な173cmの肩を叩くと一緒に階下に降りて美味しくオムレツを食べた。
三郎のしゅんとした様子に、どうなることかとヒヤヒヤした一郎だったが。翌日二郎の復活と共に三郎も復活した。朝から元気に兄を罵っている。一郎はホッとしながら魚肉ソーセージを炒めて二人の弁当の端に詰めた。
「ば~か、そんなんだから脳みそ海綿体だって言ってるんだ」
「か……なんだよそれ!」
「バカは海綿体すら知らないんだな」
「さぶちゃん、煽り過ぎ」
「は……ごめんなさい一兄」
「ん、ほら二人とも弁当」
まだぬくもりが残る弁当を渡すと、「ありがとうございます一兄」と三男が先に弁当を受け取るまでは良い。今日いつもと違ったのは、次男の分の弁当も、三郎がひょいっと持ち上げてしまったことだった。
「低脳、一兄をお待たせするなよ」
と言って、一郎の代わりに渡してしまう。二郎はその違和感に気づかないのか、「ありがとう兄貴」とはにかんで受け取っている。昨夜食べなかったオムレツを朝出してやったため、食べるのに時間がかかっているようだった。
「二郎、ついてる」
なぜか食べ終わったのに三郎はダイニングを出ていかず、二郎のそばに座って甲斐甲斐しく口元を拭ったりしている。二郎はそちらの違和感には気づいているだろうに、それが嬉しいらしく「どうしたよ、今日お前」と小さく呟くのみで顔のニヤケが隠せていない。
「お前が昨日、ご飯も食べないで寝込んでたから心配してやってるだけだろ? ホラ食べ終わったんなら行くよ」
「わぁったよ、兄貴ごちそうさま。すげぇ美味しかった」
へにゃりと眉を下げる次男に胸がぎゅんっと鳴って、思わず抱きしめそうになるのを堪えて大型犬を撫でるようにわしゃわしゃと髪の毛を乱してやる。なぜならダイニングテーブルに座り込んだままの三郎が、じぃーっとこちらを見つめているからだ。
<つづく>
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