sugu_yoru
2021-03-19 14:47:52
2559文字
Public
 

【いちじろ】二郎に触り過ぎ5-1【さぶじろ】

いちじろ で さぶじろ だけど一郎無自覚です。三郎サイドです。
夢野と三郎がカフェつきの本屋で話してるだけ。

※幻帝を感じさせる文章があります。
※「2nd Division Rap Battle」前。
※「マリオネット」後。

「麻呂たちのような、捻くれ者には。ああいった類(たぐい)の者が一等上等に思えるものなんですよ」
 そう言いながら、ほうじ茶ラテ(ノンカフェイン)を優雅に口に含む小説家は、彼のいでたちも相俟って、この世のものではないように三郎には思えた。イケブクロで会ったのも偶然である(カフェを有する本屋だっていくつかある)。
 新刊が出るのは知っていた。何気なく読み始めてから、山田三郎は『夢野幻太郎』のファンであった。認めたくはない、だから他言したことはなかった。借りれる過去の書籍は全て学校や公立の図書館で借りるようにしたし、それでも手が回らないものは電書で買った。
 家に、他ディビジョンの敵が書いた本を置くのに、何だか抵抗を感じたのだ。新作は、著者の意向で紙のみでの販売であるという。初期作の『Stella』の続編と云われている『Black Journey』。どうしても読みたかった。だから三郎は、自分の夢野幻太郎への書籍に対する姿勢(紙の書籍を買わない)を、崩さざるえなかった。
 漆黒に満点の星空のデザイン。平積みの本に手を伸ばして、身を起こして売り場に向かおうとしたと同時に目があった。「おや」と夢野幻太郎は三郎が鏡の前でするようなポーズを恥ずかしげもなくこなしながら、本を秒速で元の位置に戻した中学生に「買わないんですか?」と残念そうに眉を下げる。
「お、こづかいが出てからにする」
「実はサイン入りの献本が大量にありまして~、ネットオークションで売ったら五千円くらいになると思うんですが~」
……どうせ嘘だろ」
「そうですね、良くて三千円ってところでしょうか。ま、自分では売りませんけどね」
「微妙な金額違いの嘘吐くなよ」
「そうですね、お詫びと言ってはどうですか? サイン本。もう、持って回るのが重たくって、読んでいただけるなら嬉しいです」
 にっこり。そう笑う顔は柔らかで美しく、長男次男と美形の兄を持つ三郎でも、わずかに見惚れるほどである(とても嘘吐きには思えない)。「じゃあ、何か奢る」とごにょごにょと返した三郎の声に気を良くしたように小説家は華やぐと、恥じらいもなく手を握ってきて、カフェのコーナーに移動させられた。
「さて、ほうじ茶はカフェインを有するものですよねぇ、カフェインレスとはこれいかに」
「茶葉からカフェインの成分をできる限り取り除いてるんだよ。ていうか、ここ珈琲が美味しくて有名なのに、なんでそれを……
「小生、実は妊娠中でして!」
「ぶ、誰の子だよ」
「『山田二郎』君、とでも言っておきましょうか。わ! ちょっと吹き出さないでくださいよ。本が汚れる」
 そう言って、三郎が思わず吹き出したカフェオレの池から自書を遠ざけた。『サイン本がある』というのはまた細かい嘘で、今からサインするのか服を少し腕まくりして油性ペンを持ち上げた。にじみも含めて美しいサインを書くと、そばに『山田三郎君江』と添えてくれる。
「な……んで一兄じゃなくて、二郎で嘘を……
「あれ~? 仲に悩んでシブヤくんだりまで来てやしませんでした? 彼の名の方がウケが良いと思いましてね」
「っ、有栖川帝統。お喋りだな」
「帝統は口が硬いですよ、もちろん乱数もね」
 有栖川の名前を出すと、今までと違ったピシャリとした言い方で返された。それと同時に少し音を立ててティーソーサーがテーブルに置かれる。それに少し怯みながらも「じゃあ何で分かったんだよ」と三郎は相談の相手が『二郎』であると、暗に吐露してしまっていた。
「総合的な情報からですね、乱数のところに山田一郎が来ていましたし」
「一兄が……?」
「二郎君だけ来ていないようですし、麻呂としては待っていたんですけどね、同じ二番手ですし、相談に来るの」
「そうか、一兄も」
「って、人の話聞いてます? ……まぁ、そんなわけで話題の中心人物は次男君だと察することができたわけです」
 そうため息を吐きながら、サイン入りの本を手渡してくれる。話に気を取られながらも、三郎は一瞬嬉しかった。すると夢野幻太郎が、まるで独り言のように呟いたのが冒頭のセリフだ。何だか少し、観念した顔をしていた。
「麻呂たちのような、捻くれ者には。ああいった類(たぐい)の者が一等上等に思えるものなんですよ」
「そちらの『ああいった』って、やっぱり有栖川帝統のこと?」
「おやおや、察しが良い。だから君だってあの『莫迦』に、相談みたいなことしに行ったんでしょ?」
 クスクスと笑われる。腹の中まで見透かされたようなやりとりに、三郎は耐えきれなくなって席を立った。伝票を掴んでレジに渡したが、「実は、夢野先生にサイン会を頼んでいてその打ち合わせに呼んだんですよ。お二人からお代はいただけません」と言われてしまった。
 急いで振り返るが、嘘つきの小説家はもう先程の席には座っていなかった。山田三郎は、途端に彼から受け取った互いの名前入りの書籍を重く感じながら家路につく。長男が事柄に焦れて行動を起こしたのは、何とその夜のことであった。

* * *

「お前さぁ」
 朝食時。数度の呼びかけの末ようやく降りて来たすぐ上の兄に声を掛ける。「おはよ~」っと間の延びた挨拶に気まずく思って「……おはよ」と捻り出すように返すとフハッと笑われた。「で、何?」と聞き返してくれるところも好きだ。
「昨日、何部屋で暴れてたの? 一兄と喧嘩でもした?」
 そう聞くと、山田二郎は顔を白黒させて、台所と三男を交互に何度も見たあと「ガッコ行く時言うわ……」と力なく言って、言葉とともに着席した。それと同時にひょっこり顔を出した長男が「二郎、オハヨー!」と響く声で厚切りパンと目玉焼きとベーコンの皿を渡してくる。
「飲み物はセルフです」
「ラジャだよ、兄ちゃん」
と答えた二郎の顔は赤く、皿を渡した一郎の耳も何だか赤い。何があったのか気がきじゃない三郎だったが、長男にだらしないと思われたくなくて無理矢理早起きしただけに、もう食べ終わってしまうところだった(席を立たないのは不自然だ)。
……ごちそうさまです、一兄」
「おー、三郎。玄関出る前にこっち寄って、弁当まだできねぇわ」
「承知しました、一兄」

<続く>