そう言いながら下に紺色のボクサーパンツのみを身につけた帝統は、寝そべる乱数の脇にどかりと腰をかける。青く長い髪からこぼれる滴で、背中が濡れている。肌も幾分か上気していて、乱数は帝統が持ってきた紫色のタオルで、寝そべりながら雫をいくつか拭った。
すると、乱数の手首をパシリと帝統が掴む。何か言いたげに、青い前髪の隙間からこちらを見下ろしてくる。乱数はらしくもなく、何だかカァッと体温が上がった。起き上がって帝統の両腿に跨がるようにする。帝統はそのまま後ろに倒れて、ベッドに沈んだ。
何だか甘ったるい匂いがまだ払えてない気がする。グリーンアップルのグラグラとする室内の香りに、もよおしたように腰が勝手に動いた。下着の上からの刺激でも若い身体が跳ねる。白いベッドに散る『青』が悲しい『紫色』に見えたと思ったら、名前を呼ばれた。
「……らむだ」
「なぁに?」
「俺のこと好きか?」
「……そんなこと聞くの、帝統らしくないねぇ」
膝で立ち上がって二十歳の青年を見下ろす。体は鍛え上がっているのに、全て出来立てみたいな艶がある。試験管の中で育ったような自分とは大違いだ。……それでも、他の『乱数たち』に比べれば二~三年分は外の世界を知っていた。
「……なぁ、好きか?」
という再度の質問に、スラリとした首に手が伸びた。「っ……るせぇな」と地声を下に落とすと、ゆっくりと体重をかけて首を締めていく。『帝統』みたいな不確かな者は、乱数の両手の中で事切れる時に勃起していた。
* * *
「らむだ」
「ぅあ……」
どこか優しく、横に流れる薄い桃色の髪の毛を耳にかけられた。瞬いて覚醒する。そこには少し心配そうにこちらを覗き込んでくる有栖川帝統がいた。乱数はため息を吐く。先ほどまでのが夢だったのだと知れる(自分の下半身は反応していたけれど)。
「……上がった?」
「おう、シャンプーとか変わった?」
「業者に試供品に丸々ボトルでもらったりするからね……」
「何、お前眠いの?」
そう言って目の下を意外に細い指先ですりすり撫でられる。乱数がもし猫だったらうっかり喉を鳴らして目を細めているところだ。「ダイジョブ、お腹空いたでしょう? 何頼む?」って言いながら起き上がると、意外な表情をされた。
「飯食うの?」
「? 先眠る?」
「そうでなくて、すぐスルのかと思って準備してきた」
「はぁ~……? したくないって、さっき言ったじゃん」
「たくさんはな」
そう言って頬をポリポリ掻くと、急に恥ずかしくなってきたのか「やっぱリビング行こうぜ」と言ってベッドから下りようとする。だもんで思わずその真新しい腕を引き止めた。そのまま体勢を入れ替えても、帝統は可笑しそうに笑うばかりでもう抵抗らしい抵抗はなかった。
* * *
「足りた?」
「コレ全部食ったら足りそう」
あーんっとピザLサイズ(二枚目)の最後の一切れを口に含むと、咀嚼のちコーラで流し込んでいる。コーラ、そう言えば一郎が好きだったなコーラ……と思いながらも、飲み干したのを見かねて無糖の紅茶を渡そうとするが手の甲で避けられた。
「あれ? 紅茶飲めないんだっけ?」
「飲めないわけじゃない、俺食えないものとかないから」
「じゃあ素直に受け取りなよ、それともビールまだ飲む?」
「へへ、その言葉待ってました……!」
パムッと手のひらを合わせて合掌される。乱数は呆れながらも席を立って冷蔵庫に向かった。それはもう出せるだけ出した後だ。下半身は軽いし足取りも軽やかだった。冷蔵庫の外側に映る乱数の肌が、ツヤツヤして見える。
受け身となったはずの帝統はと言うと、流石二十歳と言うべきか飯を食ったらもう復活している。さっきまで肩も膝も胸も、いたるところを赤く染めて息を切らしていた妖艶な青年とは別人のようだった。
「あとこの後ぐっすり眠れば、『人間の三題欲求』全て満たしたことになるんじゃね? 俺」
「っていうかこれで最後にしてよね! もー買って来た六本全部飲んじゃってさぁ」
「だってそれ、俺のために買ってくれたんだろ?」
「……さっさと飲んで歯磨きするよ」
中華、ピザ、その包装紙をビニール袋に放り込みながら、パンツとTシャツ姿でリビングをウロウロ歩き回る。帝統は受け取ったビールを一気飲みすると(おいおい)、げぇふっと醜いゲップを一つして乱数に続いて洗面所に向かった。
歯磨きを終えるとまた寝室に向かって、一人でシーツを剥いで帝統が来る前にしたベッドメイキングに、今一度取り掛かる。すると、後ろから長い腕が伸びてきて、剥いだばかりのシーツを取り上げてくれた。長い腕でパタパタと畳んで、部屋の隅の籠の中に入れてくれる。
「他には……?」
「じゃあ、反対側へ回って、これから敷くシーツをベッドの下に折り込んでくれる?」
ベッドメイキングを誰かに手伝ってもらうのは、はじめてのことだった。いつもよりピンと張れたシーツを何だか呆然と見下ろしていると、帝統はクゥアアっと猫みたいに欠伸をして乱数をベッドに引き摺り込んだ。
「もぉー、ちゃんと歯磨きしたの?」
「したした!」
と笑う帝統からは、わずかにビールの香りがする。それがグリーンアップルなんかより、てんで良かった。裸の胸に引き寄せられて、なんだか泣きそうになってらしくなさに笑えた。目を瞑る。もうシンジュクの医者の夢なんてみないだろう。
「ねぇ、帝統。また僕の家へ来てよね」
「ンゴ……」
意外にだらしない腹を晒して、帝統はもう夢の中だった。乱数はくっつけられるところ全て帝統にくっつけると、今度こそ夢の底に向かって潜っていった。先ほど気づいた夢野幻太郎からのLINEは、目覚めてからゆっくり返すこととする。
<おしまい>
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