元より、多感な時期に二人きりにさせたし、何かあった時に三男が次男を気にかけるのは当たり前なのだ。だけれど二日目ともなると割と頻繁じゃないかと心配になる。そう言えばエアコン掃除の依頼先の主婦がこんなことを言っていた。
「私ねー兄妹仲が良すぎて、結構大きくなるまで兄とお風呂に一緒に入っていたの。一郎くんのところは男の子ばかりだから心配ないだろうけど、うちは両親に心配されちゃってね。一緒に寝るのも禁止されたりしたのよ」
そう言いながら麦茶を用意してくれる奥さんは、自宅で仕事をしているイラストレーターで、彼女たち夫婦には子供がいない。一郎は土方をやっている彼女の兄との方が元々知り合いで、「妹のとこ助けに行ってくれねぇか」と電話を寄越したのも兄の方だった。
「仲良いっすね」
とフィルターを水洗いしながら何気なく話しかけたら到達した会話だ。言われてここ数日の下の兄弟のことを思い出す。昨夜もその前も、二人は同じ部屋で就寝している。始まりは山田二郎が、彼にしては酷い怪我をこさえて来たところから始まる。
* * *
「ごめんよにいちゃん、大分もらっちゃった……」
二郎がボロボロで戻って来たのは月曜日十八時過ぎだった。それまでソワソワとリビングにいた三郎は、二郎の顔を見るなり凄い勢いで立ち上がった。あまりの気迫に少しだけビビった一郎だったが、はくはくと口を開け閉めするだけで何も言わない三郎を不憫に思って声をかけた。
「おい、さぶ……」
「なっに、顔怪我してんだよ……っ?!」
ヅカヅカと二郎に近寄って行くと、手を伸ばして兄の前髪を搔き上げる。現れた裂傷により顔面の『鬼』度を上げて、今度は腕を掴んだ。「風呂行ってまず洗うぞ! 低脳め……唯一の取り柄だってのに」とブツブツ呪詛のように呟いている。
「ぅるせぇな、にいちゃんちょっと行ってくんね」
水音が聞こえて、三郎だけがリビングに一度顔を出した。「一兄、救急箱を借ります」と言って、木製のどでかい救急箱を掴んですぐ引き返そうとするので思わず呼び止めた。今日はハンバーグで、薄手のビニール手袋を嵌めて生肉を捏ねている最中だった。
「おい、三郎。二郎の具合はどんなだ?」
「顔以外にもいくつかモロにもらってるみたいで……。話を聞くと、どうやら低脳は低脳なりに絡まれていた中学生を逃がそうとしたみたいなんで、あまり怒らないでやってくれますか?」
と、どちらが兄か分からないようなことを言われて一郎は「おおお、おぅ」と言いながらエプロンで手を拭くしかない。心配で夕飯作りが捗っていなかった。このあと、付け合わせと、サラダと卵スープを作らねばならない。
「二郎がシャワー終わったら、先に治療していいですか? 痕が残るとアレなんで」
「まだ夕飯できないから、リビング連れて来てもいいぜ」
「いえ、着替えなどキチンとさせてから連れてきます」
キリッと返されると、「おぅ、じゃあ頼むわ」しか言えない。捏ねかけていたハンバーグのタネが入ったボウルを手に取ると、夕飯作りの続きを始めた。さて今夜の分は大きく一つずつ、弁当用には中くらいの。残りは形だけ作って冷凍しておく。
途中バタバタと二人して階段を上る気配がしたが、たっぷりのサラダとハンバーグの付け合わせを作るのに集中する。少し額に汗したところで米も炊けた。「二郎~三郎~飯~」と階下から叫ぶが、彼らの部屋はしんっとしている。
仕方なく一郎は、ホカホカのご飯をキッチンに残して階段を登り始めた。すると、三郎の部屋の扉がわずかに開いていて、中が真っ暗なのが見て取れた。「じゃあ二郎の部屋か……」と独り言を呟いて、そちらに足を向ける。
二郎の部屋のノブを回すと、鍵はかかっておらず(次男は基本かけない)ガチャリと中が伺えた。二郎のクシャクシャのベッドの上で、部屋の主の頭を抱きこむように三男が寝ている。癒される、そしてもちろん可愛いが、何となくモヤモヤする気持ちにもなった。
しかし、スマフォで写真を撮ると、三郎がむずがって目を覚ました。「あ、一兄」ってパッと顔を明るくさせたあと、腰辺りにある二郎の頭に気づいてワタワタしはじめた(二郎の額は、ひどく綺麗に処置が施されている)。
「な! こ、これは違うんです、その……。二郎のやつシャワーのせいであったかくて……つい僕まで眠くなってしまって」
「いーじゃねぇか『兄弟』なんだからよ」
そう返して、一郎は自分で自分の言葉になんだか違和感を覚えた。三郎は二郎をピシャリと手のひらで打って、起こしてしまう。そのまま三人で階下に降りて、美味しいハンバーグをたらふく食べた。そのころには一郎のモヤモヤも軽減されていた。
夜、十一時ごろになって、二郎が怪我した経緯や何かをちゃんと聞こうと思い立った。三郎は八~十時間睡眠をとるようにしているらしく、この時間はおそらくもう眠っているだろう。一郎はリビングの電気を消すと階段を上がる。
すると、夕食時と同じように三郎の部屋がわずかに開いていた。締め忘れかと思って中を覗くともぬけの空だ。多数あるPCの液晶の一つが、消し忘れだろうか、抽象的なスクリーンセーバーがかけっぱなしになっている。一郎は画面のスイッチを切って、末弟の行く末に思いを馳せる。
一郎の部屋にもいなかった。となると二郎の部屋しかないじゃないか。夕方の流れそのままに、二郎の部屋の前まで歩く。ただ違っていたのは、次男の部屋には鍵がかかっていたということだった。静かにノブを回したので、中の二人にはきっと気づかれていないと思いたい。
「何だよ」
思わず言葉が漏れていた。そしてそれは一夜だけのことでなく、数日続いたものだからより一郎を悩ませた。一郎は、何か困ったことがあれば二人に相談していたわけだから、二人のこととなるとシンジュクの医者か、シブヤのデザイナーに頼るしかなさそうだった。
<続く?>
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