sugu_yoru
2020-10-07 15:07:07
3076文字
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【さぶじろ】二郎に触り過ぎ1【いちじろ】

いちじろ で さぶじろ だけど両方無自覚です。続くかもしれません。

 児童養護施設の子供たちはまぁ、それなりに怠け者はおらず。『働く』『手伝う』『助け合う』が当たり前だった。今考えると、自分たちのことを何でもしなければそこにいてはいけないような、焦燥感があったのかもしれない。可哀想、皆まだ小学生や中学生だったというのに。
 そのせいか分からないが、山田三郎の一つ上の兄も働き者で、ズルとか怠惰とかとは無縁の性格をしていた。まさに長兄の教育の『たまもの』で、実際三男の自分だってそうなのだから感心することでもないが、でもたまに「偉いな」ってこっそり思っている。
「兄ちゃん、俺鍵返してくるね」
 まだ両腕に段ボールを二つも重ねて持ちながら二郎がそう言うので、三郎は急いで兄の背中に追いついた。今日は土曜日で、三兄弟でとある工場の倉庫整理をしていた、貴重品のようなものだけ持ち出して、施錠したところだ。
「バカ、お前それでどうやって事務所の入り口開けるんだよ」
「膝に一回荷物置くからできるっつーの!」
「そんなんだから足癖悪いって言われんだよ」
 言いながら、兄の背を少し支えるように扉と彼の間に割り込むと、扉を開けてやる。そのあとぐっと二郎の背を押すと「お、おぉ悪ぃ」と何でか素直に謝られて顔が緩みそうになった。見られたくなくて、兄を押し込むと扉は三郎が閉める。
 そのまま、不抜けた表情で振り返ると、工場の入り口、大きな木の下で長兄が「こいこい」と控えめに三郎を呼んでいた。だらしない顔を少しだけ引き締めて、一郎の元に駆け寄る。一郎は弟がすぐ側までくると、「ん」と一度頷いた。
「どうしました? 一兄」
「あー……、そのよぅ。言いにくいんだが」
「?」
「お前ちょっと、外で二郎に触り過ぎじゃねぇか?」

「ふー……ん、そう『尊敬する先生』が」
「そうなんだよ、僕には寝耳に水って言うか?」
「うん」
「あ、『寝耳に水』っていうのはね?」
「いや知ってる意味、俺別に莫迦ってわけじゃねーから」
「あーはは、そうだった。ゴメンうちの愚兄の知識のなさに慣れてたもんだから」
「まぁお前さんよりは頭は悪いだろうけどよ、それで?」
 特に怒りもせず、三郎の能力も普通に誉めることができる素直さ。これを嫌いになる人は少ないだろうな。だから、三郎だってわざわざ違うディビジョンまで来て相談しているわけだ。秋の日差しがじりじり三郎の背を暖める。
 同じように決勝まで進めなかったFling Posseを、一郎が「シブヤはダチって感じ」と表現する感覚を、三郎は理解することができる。有栖川帝統は根城にしている公園のベンチに座り、胡座をかいて三郎をじぃっと見上げた。
「僕としては、その子にそんな触ってる意識がなかったんだよ」
「そん時は触ってたの?」
「荷物を持ってたから、背中を少し支えただけ」
「ふーん、でもお前みたいな美少年がヒョイヒョイそんなして触ってたら、その『女の子』だって意識しちゃうんじゃないか?」
 帝統は話の流れから、二郎に例えているその生徒のことを女子だと決めつけてしまったようだった。三郎は、二郎のいささか女性的に整いすぎた顔面を脳裏に浮かべて、「ま、それでいいか」と話を進めることとする。
「そんな繊細な思考回路は持ち合わせていないと思う」
「そうか? 中学生女子なんて多感なお年頃じゃん」
「そうかな」
「男子もな」
「そうかもね」
 帝統は禁煙パイプを口の中で右から左に移動して(煙草が高くて買えなかったらしい)、「それさ、お前その女子のこと好きなんじゃないの? だから無意識に触っちゃってるとか」っと何でもないことのように言いだした。三郎はドキリと身じろぎする。
「それか、お前の反応や接触は普通の『ダチ』の適切な距離だけど、その尊敬する先公ってのがお前かその女子に『懸想(けそう)』しているから気になるとか?」
「難しい言葉、わざわざ使わなくてもいいよ」
「幻太郎の小説に出てきたし、理鶯さんもラジオで使ったりしてた」
「だろうね」
「で、どうなんだよ? 前者? 後者?  丁か半か、どっちだ?!」
「僕が、『アイツ』のことを……
 そう呟いて三郎はボフリと赤面する。すると、帝統はおもちゃを突きつけられたペットみたいな顔して「おめ、それ決定じゃーん」って笑った。バンバンと骨ばった手のひらで三郎のことを叩いてくるものだから、成長期の体が痛む。でも思考はグルグルと渦巻いてそれどころじゃなかった。

「二郎」
「あー……?」
 だらしなくTシャツスウェット姿で冷蔵庫を物色している次男を呼びつけてじっと見つめる。取り出した無印のアクリル冷水筒(麦茶入り)は2リットルサイズだが、三人で飲めばあっという間に無くなる。二郎はグラスに残りを注ぎ入れると、すぐに水を出してそれを洗いにかかった。
 新しく麦茶を冷水筒に入れ、タオルで手を拭く代わりに白いTシャツで拭う。グラスを持つとペタペタとこちらに歩いて来て「で、何だよ」とダイニングテーブルに腰を降ろした。三郎はぐぬぬと押し黙って兄を見上げる。
 ……綺麗な顔。顔だけは本当に好み。あと三郎は二郎の右目が好きだった。黄色、自分に割り当てられた色、自分の瞳にはない色。あんな風に幼少期を過ごしたのだ、次男のことが嫌いなはずがない(大切に想っている)。
「二郎、僕さ」
 そのあと自分でもなんて続けようと思ったかは、今となってはわからない。とりあえず、三郎の言葉をまるで遮るように「ただいまぁ!」っと帰って来たのは、山田家の長男、山田一郎だった。「にいちゃん、どうしたの?」と二郎が少し驚いた声を出す。
「悪ぃ驚かせて、忘れ物しちまった。部屋に工具入れあるから持って来てもらえるか」
「俺、取って来るよ!」
「昨日の夜、道具のメンテしてたら部屋に置きっぱになっちまってて」
 バタバタと二郎が階段を上がっていく。立ち尽くす一郎と目があった三郎は、「珍しいですね」ととりあえず言葉を続けた。三郎の少し余所よそしい様子に、「どうした三郎?」と一郎が声をかけたところで二郎が戻って来てしまった。
「にいちゃん! あったよ!!」
「おう、サンキュー」
「へへ、行ってらっしゃい!」
 にこぱ! と二郎が笑顔を破裂させた瞬間、一郎の大きな右手がぐいっと二郎の首を引き寄せた。下がったおでこというか前髪に、チュッと音を立てて口づける。二郎はその部分を抑えてポカンとした。三郎もあまりのことに言葉を失った。それでも一郎は気づかぬようなのだ。
「じゃ、行って来るからよ」
 グシャグシャっと次男の頭をかき回して、そのまま颯爽と一郎はいなくなってしまった。二郎がまるでロボットみたいに三郎に振り返る。「いや、こっち見んなし」と三郎が動揺を押し隠して伝えると、ようやく二郎が言葉を発した。
「午前中のにいちゃんの仕事って、子守だったりとかしたっけ?」
「いや、男子寮のエアコンの整備」
「動物のお守りとか」
「だから、違うって!」
 ようは、「午前中の仕事のノリに引っ張られたんじゃないか?」と言いたいのだ。三郎が少しばかり大きな声で否定したところで、玄関の方から誰かが盛大にすっ転ぶ豪快な音が聞こえて二人して飛び上がった。
「大丈夫?! にいちゃん!!!」
と叫ぶ二郎の後を追いながら、きっと長男は外に出て我に返ったということと、有栖川帝統の『仮定』は恐らく前者でも後者でもあったんだぁと、感心しつつも頭を抱えた。さぁ、兄はどんな言い訳をするだろうか。

<続く?>