結局は『お誕生日会』ということだろう。タニマチを多く招待して、新しい演目に向けての壮行会のようなものがあった。太刀花ユキノジョウの誕生日である。ユキノジョウはまだ酒が呑めないので、もっぱら注いで回っている(父親と母親もだ)。
宴もたけなわ、祝っているのか祝われているのか、わからなくなって来たところでスマショが振動した。卓の下、膝の上にこっそり機械を転がして届いた内容を盗み見る。ようやく自分の席に戻れて、箸を持ちかけた時だった。
『ちゃんユキ~、元気してる?』
メッセージ。アイコンも彼らしく眼鏡かけたオレンジ色の狐だか猫だかアライグマだかが、キラキラ笑っているのが微笑ましかった。『何時頃戻るんだい?』と続けざまに鷹梁ミナトからもメッセージが届く。思わず顔がにやけると、父親と母親から声が掛かった。
「ユキノジョウ、そろそろ帰られる方などもいらっしゃるから玄関ホールに移動しよう」
「お見送りを」
「はい」
まるで咎めるかのように両親に耳打ちをされて、スマショを懐に隠すと関係者と共に先回りしてホテルのロビーへと向かった。お帰りがはやいお客様に何度も頭を下げていると、何度めかのタイミングに合わせてスマショが震える。
やがてほとんどお客が帰ったあとで、ユキノジョウは重役と話し込んでいる父親に手洗いへ行く目配せをすると、そっとその場を離れた。着物の上からスマショを大切に押さえ込むと、知らず少し小走りなった。
ホテルの手洗いは綺麗で、個室に入り込むとドアの方に背を預けてスマショを光らせる。そこには、写真が何通か送られて来ていた。誕生日のあの愉快な眼鏡をかけた十王院カケルと、何か浮かれたパーティ帽子をかぶった鷹梁ミナトが顔を寄せ合って写っている。おいおい場所は……。
「俺の部屋じゃあないか」
知らず声が漏れて、怒ったって良い状況なのに、こんな遅い時間にユキノジョウを待っているのがわかってしまってひどく嬉しかった。思わず笑ってしまいそうになるが、それよりも目の奥が痛く思えた。かと言って二人は、ユキノジョウの帰宅を急かすでもないのだ。
『お祝いは明日だって出来るよん、楽しみに帰って来てねん♪』
『サプライズでいつ始めるかは秘密だからな』
ニヤケル顔を通常に戻して身支度すると、丁寧に手を洗ってホテルの入り口へ戻った。戻ると演者や関係者のみがロビーに取り残されていて、お客様の姿はもうほとんど見えない。父親が静かに、でも足早に近づいてくる。
「父上」
「遅かったな」
「おお、七代目。まだ時間も早いし、もう一軒おじさんたちとどうだい? 別に酒を飲まそうってわけじゃないし」
「もうお酒を断たれている方も多いですしね」
「ふ、君のお父さんは辛辣なことを言うなぁ」
「父上、その……」
「……、何だまだ高校の課題があるか。だったらまぁ仕方がない。みなさんにご挨拶してから行きなさい」
「は、はい」
父親は息子の様子を色々と察して、帰れるように理由をつけてくれる。ユキノジョウはその場にいる大人たちに頭を下げると、父親が一台タクシーを呼んでくれようとするのを制止した。「歩いても近いので、大丈夫です」と言うと、父親は不思議そうにする。
やはり嘘をついてまで寮へ戻るのは違う気がする。腕を控えめに掴んだ息子に、たおやかな父親は驚いたようだった。「ユキノジョウ?」って名前を呼んで、完全にその動きを止めた。ああ、母親が傍にいれば、少なからずその存在に励まされたのではないだろうか?
「違うんです、その。課題は終わっていて」
「寮のお友達だろう?」
そう返して、父親は息子の帯部分を手のひらで押しやった。添えられた指先が、綺麗に揃っている。
「『歩いても近いので』? フフ、『走った方がはやい』の間違いじゃないのか?」
そうクスクス返されて、ああ、自分の父親も。ひどく穏やかで美しい人だということを思い出す。頷いて、ユキノジョウは駆けだした。着物、袴、帯。これがこんなに走りにくいだなんて、でも夜道を駆けながらなんだか笑い出したいような気持ちになる。実際笑って、誰にも聞かれないまま寮へと急いだ。
待っててね、それでちゃんと俺に『おめでとう』って言ってほしい。それは絶対叶うであろうことだけれど、莫迦みたいに嬉しくて、寮が見えるころには全速力になった。玄関を汗だくで開けると、丁度陽気な同級生二人がユキノジョウの部屋から引き上げて来るところで、二人は目を丸くしたあとユキノジョウ以上に笑顔を咲かせた。
<おしまい>
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