sugu_yoru
2020-09-05 00:37:05
3305文字
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あなたはそこにいて、それはずっと変わらないの(トド十)

よろしくない、トド十。2016年11月末に書いたものです。不穏まっしぐらなので、お嫌いな人はお気をつけてください。

 周りが明るい。朝だと思った。毎朝、襖を通して朝日が差し込んで来て朝だと分かる感じで、目を瞑ったままでもそれが分かる。でも瞼はピクリとも動かない。
 周りには両親と他の五人の兄弟がいる気配がする。その内ボクの首に縋りついて来た兄がいた。体温で一松兄さんだって分かる。冷たい首がボクの首に擦りつけられて、涙がシトシトと耳を濡らした。
 名前を何度も呼んで、誰かに引き剥がされても同じことを繰り返し言っていた。
「『僕』も……、僕もそこへ行きたい、十四松」
 ? どゆことどゆこと? 兄さん?
……置いてかないでよ、連れて行ってよ」
 ボクは「ここに、いるよ!」って叫びたかったけど、口も呼吸するくらいしか開けられなかったし、身動き一つ取れなかった。子供みたいに泣きじゃくる一松兄さんの背に、腕を回したくても出来なかった。

 どうやら屋根から落ちたんだって、ボク。頭を打った以外に外傷はなくて、でもそういうわけで起きて喋ったり、何か食べたりすることは出来なくなちゃったみたい。
 明日急に治るかもしれないし、死ぬまでずっとこのままかもしれないし、それは先生も神様も誰も分からないんだって。そんな話を兄弟たちにして、両親もやっぱり泣いていた。

 変わるようにしてやって来たチョロ松兄さんは、息づかいと気配で分かった。ただ何も言わないし、ボクに触れもしない。真上からじぃっと静かにボクを見下ろして、それで涙の雨をボロボロと降らせている。
 涙の温度が熱い。けれども、兄さんは何かに怯えているように感じられた。暫くそうしてからボクの顔を丁寧に柔らかいタオルで拭って、傍を離れた。去り際に言われた言葉は聞き取れなかった。

 カラ松兄さんはボクの腕を拾い上げた。色々と刺さっている関節の所が僅かに痛む。でもきっと表情は変わっていないんだろうな。手の甲に軽く口づけると、両手でぎゅっと握りしめてくれる。
「ヘイ、ヘイ……ブラザー。お前がどこにいても俺は必ず見つけ出して、ブラザーたちの所に戻してやるからな」
 目元に手の甲を押しつけられてびしょびしょになる。でも声と手を握る力が強くて、泣いてる様とは真逆に男らしく感じられる。ボクは頷きたくても出来ないことがその頃にはもう分かっていたので、ただじぃっとその言葉を忘れないように聞いていた。

 おそ松兄さんは普段と変わりない声だった。「いよう、十四松」って呼んでから、ボクの傍に椅子をガタガタと近づけて座ったみたい。
 ボクの鼻をぎゅっと摘んで、耳をくすぐって、ほっぺを引っ張って、それでも反応がないからフハハって空笑いした。ボクの耳元に近づいたのか、ベッドがギシンと軋んだ。
「ねぇ知ってる? チョロ松ったらさ、お前に触れても反応がないのが怖くって触れないんだって……あったかくてやわっこくてさ、生きてるって安心するのにな」
 そう言って、自分では開けられない瞼をぐっと押し上げられた。たまに医者が気休めみたいにライトを照らして来たけれど、こんな風にじっくり開けられるのは久し振りのことだった。
 外の世界はすっごく眩しい。辺りは見渡せないし、ピントも合わせられないけれど、おそ松兄さんの顔と赤いパーカーはぼんやり認識出来た。
「どうしてこうなっちゃったかなぁ」
 溜め息みたいに一人でごちて、兄さんは自分の目元を空いた手で覆った。その隙間から涙が一筋顎を伝う。ボクの瞼を閉じさせてから今度はこんなことを言った。
「俺さ、俺たちさぁ。ずっと待ってっから、ここで待ってっから。だから安心して戻って来いよ、お前。なぁ……
 ボクたちの前で泣いたりしないおそ松兄さんが泣いている。そんなわけでボクはことの重大さにようやく気づき始めていた。このままずっと兄弟に何も返すことが出来なかったのなら、それはとても辛いように思われる。

 そんなわけで両親、兄弟たちはみんな涙を流してくれた。ん? あれ? そう言えばトド松は? 一番に涙を流しそうに思われた末弟の声を聞いたのは、そんな状態が暫く続いたあとだった。
 遠い親戚だとかが見舞いに来ていた。ボクらはニートなのにそれなりに保険に入れていてもらったらしく、その金額やら、『チリョーヒ』やらについて根掘り葉掘り聞かれて父さんは激怒寸前だった。

「ちょっと、止めてもらっていいですか? 兄の耳、今もちゃんと聞こえていると思うので」

 言う声は怒りも、悲しみも、何の感情も感じられない。ただ静かで強かった。だから親戚のオジさんとやらは、そそくさと病室から逃げ出したようだった。
「ありがとうな」
 父さんはトド松にお礼を言って、その親戚のあとを追うように部屋から出て行く。ボクはどうやら個室だったので、唯一の弟と二人っきりになったようだ。
 ギシリとベッドが軋む。「十四松兄さん」って間近で呼ばれた。弟は、普段と変わらない塩梅で、LINEの返事を返さない女の子たちの愚痴を言うかのように話を始めた。
「『置いてかないで』とか『見つけに行くよ』とか『待ってる』ってさ、皆おかしいよね? 十四松兄さんは『ここ』にいるってのに」
 頬に頬が擦りつけられる。僕らの頬は餅みたいに一度くっついてからムニンと離れる。誰かがいつもボクの肌にクリームを塗りこんでいてくれたんだけど、それってば母さんでも看護師さんでもなくって、どうやらトド松だったみたい。
「皆、何でいないか知ってる? 兄さんの入院費稼ぐ為にバイトしてるんだって。僕はね~、何だか『泣かない』ことを心配されちゃってさ~。ここに残るように言われたんだ」
 そう言って、ボクの仰向けの胸元に片耳をつけたようだった。ボクはこんな状態でも夢は見る。その時のボクは歩けたり話せたりするので、今の状況が夢なのか、夢の方が現実なのかだんだんと曖昧になって来てる。
 これはきっと夢だ。だって弟の妙に汗ばんだ手のひらが、ボクのパジャマを掻き分けて脇腹を撫で上げたからだ。そうして何とか自分で呼吸出来ているボクに口づけると、胸の真ん中に顎を乗せてクスクスと笑った。
「僕ね、実は嬉しいんだ。十四松兄さんの面倒は全部僕が見れるし、兄さんがここにいるって知ってるのも僕だけだしね」
 そのままでいて。
 悪夢みたいに呟いて、いよいよと深くなった口づけに耐えるしかなくなった。

「っ」
 今度こそバッチリ目が覚める。その時に末弟も、他の兄弟もいなかったことに何でだかとても安心してしまう。看護士さんはすぐに家族を呼んでくれて、 僅かにだけれど動けるようになった僕は、ようやく兄弟と対面出来た。
 やっぱり皆は喜んで涙を流して、ぐるりとボクの周りに集まった。そんな家族から少し離れて末弟が僅かに目を細めている。ボクは腹に一松兄さんを受け止めながら、そんなトド松の視線から逃れるように瞳を伏せるしかない。
 流石にまだ身体は痺れてる。でもボクはきっと元気になるだろう。車椅子で家に戻ったボクは、二階に上がるのはしんどいので居間にいる。
 他の兄たちはバイトを辞めて来るとかで、全員家を出払っていた。そう、弟だけを、除いては。
「皆、ピースが揃ったなり仕事辞めちゃうんだもんなぁ」
……勿体ないね!」
「『現状維持』に対する執念が凄いからね~、まぁ……僕は一歩進んじゃったかなぁ」
 そう言えば、トド松だけがアルバイトしていなかったんだっけ。あれ? あれって夢じゃないの?
「さて、二人っきりだね♪ 十四松兄さん」
 笑顔の弟は久しぶりだったのに、僕は何故だか「泣き顔が見たい」って、ぼんやりと感じた。
「あの日、僕が言ったこと憶えてるんでしょう?」
「ボク、意識なかったから!」
「ふぅ~ん?」
 胸の辺りをつんっと押されて、ボクはその場にひっくり返った。見慣れた居間の天井を背景に、トド松の笑顔がボクに近づいて来る。まるで入院中のように、ボクはヒクリとも動けなくなってしまった。
「でも、ホラ」
 そのあと続いた弟の言葉に、ボクは息を呑んだ。
「『身体は憶えてる』って言うでしょ?」

<了>