sugu_yoru
2020-08-23 00:13:54
2460文字
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【ヒロカケ】ばくばくと均整は崩れる2


【HIRO SIDE 3】

 アパートへ帰ると、入り口のところに花屋のワゴン車が停まっているのが見えた。溢れる黄色い色、むせ返るような芳香。運転席に座っていた男が、速水ヒロの姿を見るなり「お待していたんですよ」と駆け下りて来た。
「俺?」
「はい、『速水ヒロ様』宛に、薔薇のお届けです」
 花屋に手伝ってもらって部屋に次々と運び入れるが、その内ベッド以外足の踏み場がなくなってしまった。ヒロは苦笑しつつもサインをして花屋に帰ってもらう。花屋は親切にも「どこかに転送するなら明日朝までに連絡ください」と言って名刺を一枚置いて行った。
「さて、どうしようか」
 こんな古びたアパートの中だけれど、まるで花園のように黄色い薔薇でいっぱいだ。頭に浮かんだのは世話になった修道院だったが、いかんせん遠過ぎるので学園に持って行くことにする。夜のはやい内に電話をして、車を回してもらうことにしよう。
 全部なくなってしまうとさすがに寂しく思えて、飾りたてて花瓶に零れるくらいの量だけは残すこととした。その作業をしている時に、たくさんある花束の一つだけ、水色のリボンが結ばれたそれに、綺麗な白い小さいカードが一枚挟まっていた。
「『プリズムショー、とても素敵でした。僕も』……
 声に出して読んでみる。

 あなたといつか、翔ける(カケル)のを夢見ています。

* * *

 バックステージで、ラッシュ時に受け取ったいくつかの黄色い薔薇を一本取り落としてしまった。それを薄暗がりでも分かるくらいの、鮮やかなオレンジ色が屈んで拾い上げてくれる。ああそうだ、今日は彼も参加していた。じっと動かないヒロに、十王院カケルが不思議そうに首を傾げる。
「ヒロすわん?」
「カケル」
「はい?」
 思わず黄色い薔薇を差し出したその手首を掴んでしまう。プリズムウォッチがかさばって、ゴロリとヒロの手の中で少し回った。あの夏の日より、少し痩せたんじゃないだろうか? それを言おうと思ったのに、違うことを口に出して聞いていた。
「お前、俺に黄色い薔薇くれたことない?」
「は……
 掴んだ肌が、何でだかじんわりと汗ばんで感じられる。もしかして、と思ってしまって、期待してしまって。周りに他の寮生がいるというのに離してやることができそうになかった。「その、薔薇っていつごろの……?」とカケルが不安そうにようやくと尋ね返す。
「一人きりのツアーが終わったあと、やっとアパートに戻った日なんだけど」
「いえ、おれっち、あのツアー千秋楽、配信ですらしばらく経ってからしか見れなかったんですよ……、その、仕事で」
「そっか」
「ええ、あとで拝見したんですがとてつもなく素敵でした」
 カケルに、見ていて欲しかったのか自分は。ヒロは辿り着いたその答えに、少々自分でゾッとしながら、叱咤して指先を一本づつ剥がしていった。カケルは急いで手を引っ込めて、ヒロが握っていた部分をこっそり擦っていた。

* * *

「君のことが好きになった」
 これを、後輩に告げる夢を見る。夢の中で、「こんな簡単なことを言うのにひどく時間がかかった」と、ヒロはただばくばくと心臓の音に震えてる。意を決してそれを伝えたというのに、相手の表情は笑ってしまうほど酷くて、わずかに速水ヒロの心に傷を作ったように思えた。
 でもそれを告げられた十王院カケルの心が、きっともっと溝みたいに傷がついたのだと気づいたのは、同じ夢ばかり何度も見て、速水ヒロが他の言葉も紡げるようになってからだった(大分時間がかかってしまった)。
……そんな、今更」
「求めちゃいけないの?」
「はい」
「どうして、あの時。お前から別れを言いだしたの?」
「それによって、もしかしてプライドでも刺激したりしましたか?」
「俺のこと嫌いになった?」
「嫌いになったというか、それまでだって、きっと……
「好きじゃなかった?」
「はい」
「本当に?!」
 『嘘だと言って』みたいに切望を含んで、どうしてそんな声が出せると言うのだろう。ヒロは彼の子供でもなければ、恋人だなんて言うにはおこがましいというのに……。震える彼を抱きしめもできないで、夢の中でも彼を見送るだけだ。

* * *

 目が覚めた時、汗でびっしょりだった。でもようやく暗闇の中からスマショを手繰り寄せると、『俺、またあの歌聴いたよ、河川敷で』とメッセージを送ることができた。二人があの夏やりとりしていたアカウントは、今はこっそり消去していた。
 深夜二時四十五分、まだ、既読はつかない。


【KAKERU SIDE 3】

 あれから、何度か。速水ヒロから高架下の不思議な音(歌声?)についてメッセージが来ていた。深夜だったり、授業中だったり、授業中だったり、生憎と返信も遅れる状況の方が多かった。……だが今日は違う。無理をすれば行ける。
 そんなに無理して行くようなことじゃないの分かっている。それに、別に速水ヒロは「カケルも来てよ」と言ったわけじゃなかった。ただ「今日も聞こえるよ」って。「でも、教えてくれた」嬉しい。
 それが胸を掻きむしるぐらい嬉しくて、こんな無理を自分に強いている。押していた会議(海外の顧客に合わせて深夜開催だった)が終わったと同時に廊下を早足で歩くと、非常階段を駆け下りながら専務用の社用車に連絡をとる。
 階段を下り終えると同時に、車は建物の隙間前に到着していて、カケルはそれに飛び乗った。先に発進してもらいながら時計を見る。23:58。ギリギリまだ土曜日だ。運転手がいつもの人物だと確認してから、
「この間寄ってもらった、高架下って覚えてる?」
と聞いてみた。「勿論ですとも」と初老の男は笑って、自宅とは反対側へハンドルを切った。暫く運動や練習を控えめにしていたせいか、急に走り出したために心臓がバクバクと五月蝿い。気をつかった運転手が、車内の温度を少し下げたようだった。
「待ってなくていい」

<続く>