エーデルローズの寮は古いだけあって、それなりに趣がある。庭に机や椅子を用意して、建物の中も玄関ホールだけ解放すれば、そこそこなスペースになる。庭の木々に電灯を渡して、まるで海外のホームパーティのようにあつらえた。
ちゃんとした洋服を用意しろと言われていたのは、そこで立食パーティが開かれることが決まっていたからだ。神浜コウジと鷹梁ミナトが腕を振るったので、料理はそら素晴らしいものが揃ったし、管理人も氷室主催も手伝って、気づけばそこそこレベルの高いパーティ模様になっている。
今日は山田リョウもフォーマルな格好をしている。カケルは元々持っていた専務の名刺を振りまきながら、「フンフーン♪ いい感じじゃニャいのー?」ってニマニマ顔を緩める。スパークリングの葡萄ジュースをちまちま飲みながら、そこら辺を歩き回った。
ふと目をやると、タイガがカチンコチンになりながら仁科カヅキの脇で、スーツ姿の男性と話している。話していると言っても、本当にただ立っているだけで、横に立つ小柄な先輩がほとんど口を開いているようだ(カヅキは基本機嫌が良く、朗らかだ)。
まっすぐにその大人を見上げて、ハキハキと話すカヅキはたまに「なぁ、タイガ」と傍らの後輩にも話を振って、彼をちゃんと紹介しているのが見てとれる。オバレの三人は流石、こういった手合いのパーティに慣れているのだろう。
コウジは食事を提供するところに、少し緊張気味の鷹梁ミナトと一緒に立っているし、少し離れたところでは、速水ヒロが涼野ユウとともに女の子たちを相手している。着飾った彩瀬なるたちに目を細めつつ、カケルはこっそり誰かを探していた。
実は十王院カケルは、寮生の一人とつきあっている。それはもちろん秘密の『おつきあい』であったのは、相手が同姓であることよりも、互いの『立場』に起因することが大きい。目で探してしまって、彼の代わりにどうにかこうにかやれている仲間たちを確認して、独り言を呟いた。
「はぁ~、僕ちゃんなんて『お役御免』って感じかな?」
「カケルに『お役』なんてあったか?」
「わ! びっくりした!! ……ユキちゃんか。……ちゃんレオは?」
「今厠に……」
「さすがにそれ、チャンユキジョークだよね」
「便所に」
「もー、そこは『お花を摘みに』がベストアンサーじゃあニャいかニャあ?」
そう返して目線をぴたりと合わせると、二人でクスクス笑いあった。和装で参加するかと思ったが、細身のスーツ姿で髪を三つ編みに編んでいる(いつぞやのコンテストの時のようだ)。青みがかった濃い色のスーツも涼し気だった。
「ちゃんレオは大丈夫? 場に呑まれたりしてなぁい?」
「最初、俺の後ろにずっと隠れたりしていたんだが、客人もみんな優しいし、偉い人ばかりじゃないと分かって安心したようだ。ミナト特製のフルーツポンチが美味し過ぎたらしくてな、飲み過ぎたみたいで席を外している」
太刀花ユキノジョウが少し笑いながらそれを話すものだから、彼も持っているスパークリングの白葡萄ジュースがキラキラ揺れている。見ればみるほど綺麗な同級生。カケルは思わず凝視しかけて、それに気づいたユキノジョウに目線を流され、逃れるように顔を反らされた。
「……こういった、手合いの物はずっと苦手だったんだが」
「あー、それ僕ちゃんもボクちゃんも」
「今回の、これは」
「うん」
「なかなかどうして、楽しいものだな」
そう言って今度こそ顔を覗き込んで笑うものだから、カッと赤くなったのはカケルの方だった。グラスを持っていない方の手で、ゴシゴシと熱を払う。「……、みんなと一緒だからかもしんないね」と言うと、わずかに瞳を伏せたユキノジョウが、まるで秘密を打ち明けるように続けて言った。
「そうだな、カケルともな」
「ユキちゃん、それわかってて言ってるの?」
「どうかな?」
カケルは大型の送風機に揺れるユキノジョウの髪の、柔らかく結われている赤の美しさに目を見張った。またしてもじっと見つめてしまったからだろうか。その切れ長の青い視線がこちらに注がれたものだから、きっと緩んでしまったであろう顔面を隠すために、白葡萄ジュースのグラスを持ち上げて隠す。
目の前にまるでシャンパンのように泡だつそれごしに世界を見て。もう何年かあと、本物のシャンパンを飲めるくらいになるころには、自分たちの関係はどう変わっているだろうかと思いを馳せる。グラスを下ろすと、まるで静止画のように太刀花ユキノジョウが美しく微笑んだままだ。
「探していただろう、さっき」
すぃっと手を伸ばされる。それを避けないようになるまで、本当は結構時間が必要だった。別にアルコールを飲んでいるわけでもないのに、顔が酷く熱いままだ。エーデルローズの木々をつなぐ電飾も橙色の優しいものだったから、それの明かりのせいと今なら誤摩化せるだろうか。
カケルは今一度ユキノジョウへ目線を上げた。すると赤い髪が、二人の顔を隠すようにサラリと落ちた。急な距離感にカケルがわずかに目を伏せるのを面白がるように、眼鏡の下から指先を伸ばされて、下まつげの生え際をなぞられた。
「ちょ……ちゃんユキ、みんなが」
言い終わる前に、反対の手がこちらの耳に髪の毛をかけてくれる。それに気を取られていたら、人肌がぐっと近寄って、自分が吐き出した呼吸が相手にぶつかった。唇の端に柔らかい感触。接触は一瞬で、チュッと彼らしくもないリップ音が鳴って。先ほどまで液体に触れていたカケルの粘膜が、ユキノジョウのそれを追いかけるように動き、今一度ひっついてから離れた。
でも、いつの間にかカケルの肩に添えられていた手のひらはそのままで、それが異様に熱く感じられた。カケルは思わずそこいらを首が振り切れる勢いで目視したが、みんな会話や食事に夢中だったものだから、誰も二人のしたことには気づいていないようだった。
「太刀花ってさぁ……」
「ん?」
ユキノジョウは嬉しそうに切れ長な目を細めている。そんな悪戯が成功したぞ! みたいな楽しそうな表情を見せられては、場のことで責めようとしていた気持ちがしおしおと萎えて行く。カケルは唇を尖らせて少しだけため息を吐いた。
「そんな慈愛に満ちた瞳、僕ちゃんなんかに注いじゃって良いわけ?」
だなんて思ってもみたけれど。まんざらじゃなさ過ぎて、何なら有り難過ぎて。カケルは緩む口元をジュースを持っていない方の手のひらで何とかおさえるしかない。「大丈夫か?」と聞いてきた声が、笑いを堪えているせいか震えてる。
「ちゃんユキあのさぁ」
「だから何だ」
「外したよ、さっきの。一発目」
「……そうか」
「だから終わったらさ」
「うん?」
「ちゃんとしてよ、長いやつ」
そう告げたカケルの声は、何だかぶっきら棒になってしまっている。それを「ふむ」と頷いたはずのユキノジョウが、思いついたように左手を伸ばして、グッと一度カケルの腰を引き寄せた。……宴よウタゲ、どうかはやく終わりますように。
<おしまい>
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