sugu_yoru
2020-08-03 01:19:02
2088文字
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【タイカケ】それだって嬉しいよ

タイカケ深夜のおえかき一本勝負 第28回【過去お題:花束】です。 何だか内容が似ている。2019-07-16掲載していたものの再掲です。

タイカケ深夜のおえかき一本勝負 第28回【過去お題:花束】です。
何だか内容が似ている。

 部下の一人が辞めると言う。実情を聞くと、『辞めさせられる』に近い。ミスが多いことは知ってはいたが、ミスが起きるのは会社の仕事の仕組みや環境が悪いのであって、彼女本人の過失ではないと十王院カケルは思う。
 さりげなく彼女の趣味を同僚の女子たちなんかから聞いて(青色やペールカラー、淡い色合いが好きだとのこと)当日、その子が挨拶をするタイミングでフロアに登場した(我ながら気障だったと思う)。まるでキキララみたいな夢可愛い色味の中に、キリッとした青い花(これはなんであろう?)がいくつか入っている花束。それを泣きながら抱きしめた女性社員は、年上なのにとても可憐で可愛らしく思えた。

「花束って、いーもんだね」
 穴場だと聞いた中等部の屋上で、強い風にひたすら吹かれながら傍にいる黒髪に話しかける。もう暑い季節になってきたが、梅雨はまだ明けておらず空は雲の方が多くて、それが綻びるように薄い水色がわずかに見えて少し安心できた。
「そうかぁ?」
 気怠い声に目をやると、香賀美タイガが面倒くさそうに片耳に小指を捩じ込んでいる。
「花束を抱きしめると可愛さが倍増する気がするもん」
「ふーん」
 気の抜けた返事で、内容が彼の中に染み込んでいってないのが良く分かる。カケルはそれでも笑みを崩さないまま、フォーチュンボーイが本当に誰かに花束を渡す未来に思いを馳せた。きっと辞めてしまったあの女性のような、謙虚で可愛らしい少女にそうするかもしれないな。
 胸の痛みには気づかない振りして「もどろっか?」って唇を大きく開けた。「応」とも「否」とも何も返事は聞こえなかったが、さっさと金網を離れて屋上の入り口へ向かう。後ろから不器用に足音が続いて、何となくカケルは胸を撫で下ろした。

 午前中から午後への会議に向けて、一週間ほとんど寝ないで資料を作ってた。無事に提出は済ませたけれど十王院カケルは疲労困憊だった。乗り込んだ瞬間、送迎車の冷房がキツ過ぎると感じはしたけれど、それを指摘する元気もなく寮へ向かってもらう。
 車が行ってしまったのに、何だか疲れきってしまって寮の庭に入れない。顔を抑えて立ち尽くしていると、「おい」って声がかかった。振り向くと、顔が隠れるくらい草花を抱えた香賀美タイガが立っている。終わりかけのナヨクサフジ、鮮やかなオレンジ色のキバナコスモスが沢山咲いている。淡い紫のマツバウンラン、桔梗が入っているから和風に感じられる。紫露草の葉がとにかく元気で青々としていた。
 どれもグラジオラスやタチアオイのように派手ではないから、どこかの庭から……という懸念は消える。
「やる」
 色とりどりの草花、でもそれは先端だけ色づいていて、タイガが抱え込んだ花束はまるで緑の部分が多い。それが、緑色の瞳の香賀美タイガが拵えたっていう実感を強くしている。いやに青と紫色の花の色合いが多くて、その中でオレンジ色が一層綺麗に際立っていた。
 カケルの『何でまた』という顔色に気づいたのか、香賀美タイガは後ろ頭を掻いて「ぁんだよ、嬉しくねぇの?」って少し心配そうな声を出している。
「いや、はちゃめちゃ嬉しいよ……、でもどったの急に?」
「あ? おめぇが言い出したんだろうが、花束がどうのって」
「あーあれね」
 確かに少し前に、会社であったことに妙に感動してしまって、それを目の前の彼に言ったような気もする。でもそれで何で自分が、この草の固まりみたいな花束をもらうことにつながるのだろうか。
 それがカケル側には全く思い至らなくて、青臭い匂いにまみれながら、それでも目の前の子供にもらえたことが嬉しくてうれしくて……。それを抱きしめて首を傾げると、何だかくれた本人は満足そうに少し笑った。
「あ……
 本当のことを言うと、こんな風に何のてらいもなく、目の前で微笑んでくれるだけで泣きそうになってしまうくらいには……。いやいやいや、どうしたどうしたどうした。パタパタと顔を仰いでから苦し紛れに声を出す。
「これ、あれじゃんお風呂に入れるやつじゃん」
「あ?」
「『菖蒲湯』みたいじゃん、ってゴメン本当はそんなこと一ミリも思ってない」
「おい、おめぇ……どうしたよ」
「照れてんだよ!」
 悪ぃかよ!! 怒鳴るようにして言い返すと、タイガが花をそれまで持っていた手のひらをズボンで乱暴に拭った。それで、ぶっきら棒にこう言った。
「おめぇが言うから、どんなもんかなって思ったんだよ」
「は?」
「『花束を抱きしめると可愛さが倍増する』って、そう言ったろ?」
……試してみたの?」
 そう、にわかに信じられなくて、そう尋ねて重ねると、気まずそうに背を向けられる、ああ、そんな。まだその表情を見ていたかったのに。そう思ったが、受け取った花束が重くて、それ以上に嬉しくて立ち尽くすしかない。すると心配したように後ろ手を出されるので、急いでそれに縋るように走り寄って、暖かい手を掴んだ。

<了>