銀の棺

ノベルスキー日替わりお題。
2023.06.12
棺 卒業 タイムカプセル

今日のお題_20230612

『○○小学校
 二〇一三年度卒業生のみなさんへ
 今年で、卒業十年になります。
 そこで、卒業記念に埋めたタイムカプセルを、掘り起こす作業を以下の日程で行います。
 場所:○○小学校 校庭
(現在は廃校となっています)
 作業日:▲月×日(日) 十時~
 作業に参加したい卒業生は、下記へ連絡をお願いいたします。
 ○○小学校 卒業委員 山田
 ○○○-△△△△-××××』

 実家に届いた葉書に気付いたのは、偶々だった。
 小学校の卒業と同時に引っ越して以来、十年。今では、あの土地とはまったく縁がない。
 タイムカプセル。
 卒業前に、入れたいものを決めておけと、担任に言われたな。
『何でも、いいんだ。未来の自分に宛てる手紙でもいい。好きなアニメの絵でも、なんなら、使わなくなったゲームソフトでも、カードでもいいぞ』
 担任の快活な声が、脳裏に蘇る。
 それをきっかけに、するすると、あの頃の光景を思い出していた。




「ゲームはだめやろ、センセ。使えなくなるが」
 担任から、タイムカプセルの説明があったとき、誰かがそう言った。
 田舎だから、ゲームやカードを買いに行くには、自転車で一時間かけて、駅のある街に行かないと手に入らない。
 通販は大人じゃないとダメだったから、わざわざ遠くへ自力で出かけて買ったそれらは、飽きるということはなく、大事に遊んでる子がほとんどだった。
 青色のジャージをいつも着ていた担任が、そうか? と首を傾げる。
「カードもいけん。せっかく集めたのに」
 別の子が、そう言った。それを聞いた担任は、太い眉を困ったように八の字にして頭をかいた。
 四月に都会から赴任してきたこの若い先生は、別の先生の代理として、急遽六年生の俺たちのクラスの担任になった。
 見知らぬ田舎で四苦八苦しながら、それでも一クラスしかない六年生を、よくまとめていたと思う。
 いや。
 まとめていたというより、俺たち子供が、慣れない先生にあれこれ教えてやったことが多かったと思う。
「うーん。大事なものだから、思い出として入れてみちゃどうかと思ったんだよな……
 そう言って、担任は教卓の上に置いてあった銀色の箱を手にとって、皆に見えるように高く掲げた。
 画用紙くらいの大きさで、国語辞典くらいの厚さのアルミ製の箱だ。
「とにかく、金曜日までに入れるもの決めておけよー。入れたら、蓋をしっかり閉めること。名前を書いておくこと。忘れるなよー」
 再びよく通る声で、担任が言った。
 それに対して、はーいと揃って返事をする。
「見てわかると思うけど、何を入れてもわからないようになってるから、ホントに何でも入れていいんだぞ。たとえば、山田の0点の漢字テストとかな」
「センセ、それ大声で言わんで!」
 山田が真っ赤になって叫ぶと、クラス中が爆笑に包まれた。
 明るく、ちょっと抜けたところのある先生は、忽ち子供たちから懐かれた。
 子供だけでなく、最初は若いと心配していた大人たちからも、信用を勝ち取っていた。
 でも、それは先生が努めてそう振る舞っていたってことを、当時の俺は気付いていた。
「先生って、大変やな」
 ある日。俺は、先生にそう言った。
 それは、友達の家からの帰り道だった。
 近くの畑で、先生が近所のおばあちゃんに捕まっていた。両手一杯に野菜を持たされている。
 確か、先生はまだ独身で、一人暮らしだったはずだ。あの量は、もらっても余らせて腐らせてしまう。
 おばあちゃんは、先生が野菜を全部受け取ると、満足したのかぺこりと頭を下げて、家のほうと去っていった。
「よお、翔太」
 先生は俺に気付くと、名前で呼んだ。
 下の名前で呼ばれたからといって、俺が特別扱いされてるわけじゃない。クラスに、同じ名字が俺も含めて4人もいたからだ。うちの田舎では、よく見る多い名字だ。
 最初は、フルネームで呼んでいた先生だったが、いつしか、みんな下の名前だけで呼ぶようになった。
 それだけだ。
「小林のおばあちゃんから、何もらったん?」
「えーと、タマネギとジャガイモ、キャベツだな」
「そんなにもらって、どうするん?」
 俺がそう言うと、先生はだよなぁ、と笑った。
「俺もいいって、言ったんだけど。こないだ、トラックが溝にハマったのを出してくれたお礼だって」
「ふうん」
「お、そうだ。翔太、半分受け取ってくれ」
 そう言って、先生は俺の自転車のかごに、ゴロゴロと大きく育った野菜たちを入れてきた。
 たいして大きいかごじゃないけど、ぱんぱんに入った野菜で、バランスが悪くなってハンドルがぐらついてしまう。
 それでも、先生がもっているそれらのほうが、だいぶ多い。
 一人暮らしのうえに、昼は学校から給食が出る。
 毎朝毎晩、ちゃんとおかずを作ったとして、全部使い切るまで、いったいどれだけかかるのだろう。
 俺はため息を吐いたあと、先生に言った。
「先生って、大変やな」
「ん?」
「ホントは何でも知っちょるし、できるのに、わざとできんふりしたり、間違えたり」
 俺は、先生が黒板の字を間違うのも、移動教室の場所を勘違いしたりするのも、わざとだって、何となく気が付いていた。
 大人をあれこれ手伝ったりするのも、この土地に早く馴染むためだってことも。
 だって、今までどんな先生が教えても、漢字を覚えずにテストで0点とか一ケタの点数ばっかり取ってた山田が、先生が教えるようになってから五十点まで取れるようになった。最初は訝しげに見ていた大人たちは、今では先生を見かけると、気安く声をかけるようになった。
 いつのまにか、先生は小さい集落の人気者になっていた。
 でも、それは先生が気取られないように、さりげなく努力していた結果だと、なんでかそう信じていた。
 俺の言葉に、先生はビックリしたように目を見開いた後、がっくりとうなだれた。
「ああ、太宰治だなぁ……
「先生?」
 言っている意味が分からず、首を傾げてると、先生は顔を上げて、俺の頭をぽんぽんと、優しく二回叩いた。
「俺も、まだまだだなってことだよ」
 そう言って笑った先生は、普段の学校でよく見る笑顔じゃなかった。
 笑ってるけど、哀しいような、苦しいような、困ったような。
 初めて見る彼の笑顔に、俺はすごくドキドキしたのを、覚えている。
 先生の言っていた『太宰治』が気になって、家のパソコンで検索したら、昔の作家だということがわかった。
 最初に、目に入った小説のタイトルをメモして、次の日に俺は街の本屋へと自転車を走らせた。
 ゲームではなく、メモした小説の本を買うために。



 そうか、学校は廃校になったんだ。
 俺は、実家の壁に掛けてあるカレンダーに目をやった。
 就職活動は、ひとまず落ち着いた。ハガキの日程なら、行けなくもない。
「アレは、回収しとかないとな」
 タイムカプセルの銀の箱。
 あれは、棺だ。
 あのときの幼い俺の、理由の分からない想いを封じ込めた棺。
 あの頃の先生が発した言葉の意味は、次の日に買いに行った小説を読んで、すぐに気が付いた。
 今は何故、あんなことを言ったのか、なんであんな笑顔を見せたのか、何となく分かる。分かるくらいに、俺は大人になった。
 ──先生は、来るのだろうか。
 あれから、十年だ。若かった先生も、それなりに年を取っているだろう。
「あのとき、二十六とか言ってたな……てことは、今は三十六歳? オヤジじゃん」
 わざと口に出してビックリしながらも、俺の口元はにやにやしていて、家族から「何かいいことでもあったの?」とまで言われる始末だ。
 先生に会ったら、どう思うだろうか。
 年を取ってくたびれたオヤジになってて、ガックリする?
 単に、顔を見て懐かしく思うだけ?
 それとも──。
 いや。それは、会ってみないとわからない。
 俺は、スマートフォンを取り出して、ハガキの番号をタップした。

〈了〉
2023.07.06
(C)葛木えりゅ