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えりゅの本屋・べったー+支店
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一次創作
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貴方はずっと主役なんですよ
ノベルスキー日替わりお題。
エキストラ アルコール 館。
主人と家令の話。
高級住宅が立ち並ぶ街。その高台にある、一際大きな館。
古めかしい鉄製の黒い大きな門扉、館をぐるりと囲む壁は、蔦が所狭しと這っていて、元の色が殆ど見えない。
門扉から館までは車で入れるのだろう。広い車通りの向こう側にあるはずの館の玄関は、大きく育った樹木に覆われ、外から見ることが出来ない。
私は、その館で午前5時に目を覚ます。
着替えを済ませ、表まで新聞を取りに行ったあと、軽く玄関周りを掃除し、植木の手入れを行ったあと、朝食の準備にとりかかる。
今日は、大きな紀州梅干を入れた握り飯と味噌汁だ。通いの農家から届けられた茄子と、油揚げを具にした。
朝食の支度ができたら、先ほど取りに行った新聞に軽くアイロンをかける。
手間ではあるがこうすると、折り目の癖がなくなるので、広げて読みやすいからだ。
粗方準備が整ったら、両手を広げた程の大きなトレイに載せて2階へと運ぶ。
階段口にあるワゴンにトレイを乗せて、廊下をゆっくり進んでいき、突き当たりにある扉を2回ノックした。
「旦那様。朝食と新聞をお持ちいたしました」
声をかけるが、主の返事はない。私は、もう2回、先ほどより強めにノックする。
「旦那様?」
返事がないので、そっと扉を開けた途端に、強いアルコールの匂いが鼻を刺す。私は、こっそりため息をついた。
また、私の目を盗んで、ワインセラーからワインを持ってきたようだ。空の瓶が2本ほど転がっている。
主はというと、この主寝室の真ん中に設えてある天蓋付きのキングサイズベッドで、大の字になっていびきをかいていた。失礼を承知で顔を覗き込むと、大きく開いた口の端からヨダレがだらしなく垂れていた。
仕方ない。私は、寝室のカーテンを思いきり開けた。続けて、窓を次々と開けていく。
爽やかな朝の光と空気が流れ込んできて、酒臭い寝室の空気が多少はましになった。
「旦那様。起きてください」
私は、主の肩を軽く揺さぶり声をかける。主は、うーんと唸りながら顔をしかめるが、目を開ける様子はない。
「旦那様」
「んー、あと5分」
「もう少しで8時になります。いいのですか? 東京市場は9時開場ですが」
私がそう言うと、主はガバっと飛び起きた。そのあと「いてて
……
」と頭を抱える。
「おはようございます、旦那様」
「んあー、はよ」
「朝食と新聞をお持ちしてますが」
「んー、書斎で食べる」
「かしこまりました。まずは、ベッドから出て、シャワーを浴びてください。お酒臭いです」
「んー」
起き抜けの主は、完全に目が覚めていないので、口調が幼くてお可愛らしい。
だが、床に転がるボトルは、ちっともお可愛らしくない。
主が、寝室に備え付けてあるバスルームに消えたのを確認して、散らかったそれらを片付ける。
ラベルを見て、ため息がもれた。どれも、前の主である大旦那様の秘蔵品ばかりだ。
私は、空のボトルをワゴンの下のカゴに仕舞ったあと、寝室と続き部屋になっている書斎に向かった。
寝室と同様、広々としたその部屋で、一際存在感を醸し出している駄々広いテーブルに、朝食のトレイを置いて、新聞を広げる。
各紙とも、経済面の記事だ。5社分のそれらを広げると、流石にテーブルが新聞記事でいっぱいになる。
ほうじ茶を入れていると、寝室のドアが乱暴に開かれた。
タオル片手に、幾分かすっきりした表情の主が、髪を拭きながらテーブルに近づく。
そして、椅子には座らず、テーブル周りをうろつきながら、私が広げた新聞をまじまじと見つめる。片っ端から記事を読んだあと、今度は握り飯片手に少し離れた場所から、テーブル全体を眺めている。
しばらくして、納得したように小さく顎を引いたあと、椅子に座って握り飯を思いきり頬張った。すると、すぐに顔をしかめる。
「すっぱぁーっ!」
「当家御用達の紀州梅でございます」
「むちゃくちゃすっぱいじゃん、これ!」
「ですが、目覚めるにはようございましょう? 飲み過ぎた朝にも、丁度良いかと」
私の言葉に、主がむーっと口を尖らせる。だが、梅干しのおかげで食欲が湧いたらしく、味噌汁まできれいに平らげた。
「ごちそうさま」
そう言うと、主は湯呑みに手を伸ばす。ほうじ茶の香りを楽しんだあと、ごくごくと飲み干す。
「旦那様。お酒は、ほどほどにしていただくと、お目覚めも良くなると思いますが
……
」
「わかってるよ」
やんわりと、飲み過ぎを嗜めと、食い気味に言葉が返ってきた。じろりと、こちらを睨みつけている。
「あまり、五月蝿いことは申したくはないのですが、御身体のことを考えますと
……
」
私の言葉を無視して、主は立ち上がると、奥の机に移動した。パソコンのスイッチを入れると、3枚のディスプレイに光が灯る。
主が操作すると、その画面には忽ち 沢山の数字やグラフが並ぶ。それを見ながら、主は素早くキーボードを動かした。
仕事に入った主を見て、私は朝食の後片付けを始める。
広げた朝刊は、そのままにしておく。主がまだ必要とするからだ。
「昨日、というか
……
日付変わったから、ちょっと祝いたかったんだ」
片付けの手を止めて、主に視線を向けると、画面の方を向いたまま、主がぼそぼそと続ける。
「去年までは、そう思わなかったけど、今年はなんとなくそう思っちゃって」
「旦那様」
「や、お前にも声をかけようか悩んだんだけど、深夜だったしさ
……
それに」
「それに?」
「いくら、俺がお前の主人でも、自分の誕生日を祝ってワインで乾杯しようなんて、言えなかったんだよ」
ああ、もうっ! と、主はくしゃくしゃと自分の頭を掻きむしる。
そう。今日は、主の二十五回目の誕生日だ。
一昨年、大旦那様の遺言により、突然すべての財産を相続することになった主は、それはもう並々ならぬ努力で、小五月蠅い財産目当ての親戚や会社の役員を実力で黙らせて、漸く穏やかな日々をこの館で過ごしている。
昨年は、遺産相続のゴタゴタと、環境がガラリと変化したことで、身辺が慌ただしかった。
確かに、誕生日を祝うどころではなかっただろう。
大旦那様と同じように、経済に関する才能が主になければ、この若い主は、とっくに潰れていたにちがいない。
大旦那様は、正しかった。この主だからこそ、私はこの館で家令として気持ち良く働けるのだ。
「仰言っていただければ、いつでもお付き合いいたしますのに」
「だーかーらーっ!」
「私でしたら、どのようにすれば、年代物のワインを美味しく召し上がれるか、存じておりますが」
「
……
」
主は、何も答えない。どうやら、私の指摘は的を射たらしい。
クスッと、思わず笑みがこぼれた。胸ポケットに忍ばせていた小さな包みをそっと取り出し、主の机の上に置いた。
「こ、れ
……
」
「お誕生日おめでとうございます、旦那様」
包みと私の間を、主の視線が何度も往復する。
恭しく包みを両手に持つと、大輪の花が咲いたような満面の笑みを浮かべた。
ああ、本当にお可愛らしい。
「ケーキもご用意しております。本日のディナーは、大旦那様の料理人だったシェフが、旦那様の為に腕を振るうそうです」
「すごい
……
俺、今日の主役じゃん」
嬉しそうに言いながら、画面の数字が変われば、即座にキーボードを手早く操作する。
「今まで、エキストラっていうか、モブ人生だったから、たまの主役も悪くないな」
エキストラでは、ありません。
貴方は、ずっと主役なのです。貴方という人生の。
そう口にしようかと思ったが、言葉にすると余りにも陳腐な気がしたので、やめておいた。
私は主に一礼すると、ワゴンを引いて広い書斎を後にした。
〈了〉
2023.07.06
(C)葛木えりゅ
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