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ふるさと さくら
2023-12-15 00:03:20
3673文字
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スイート・パレード
リクエスト 現パロ竜空がおいしいもの食べてるところが書きたかったんですが火傷してるしほぼ食べてないしなんなのかわからなくなりましたぁ!!! 普段は初期のふりして一般人面してる竜空の話です。雰囲気で。
無垢で愛らしいラズベリー。艶めかしいショコラの光沢。
虹のような彩りに満ちた、砂糖菓子のパレードが始まる。
「お待たせいたしました」
恭しげなウエイターが昼下がりのテーブルに並べていくのは、それぞれ違う顔を持ったスイーツたち。どれもこれもが窓際の席にのみ許された午後の陽光を浴びて、劇場のスターのようにきらめいている。可愛らしいサイズのお菓子たちの微笑みに、空は思わず感嘆のため息を漏らした。
「わぁ
……
」
目の前に広がる夢心地の風景に夢中になっていると、今度は別の店員が静かに姿を現して、席の前に置かれたカップの中身を問いかけてきた。
「コーヒーと紅茶、どちらになさいますか」
手慣れた老紳士の声は、アフタヌーンティーを楽しむ一席にと相応しい。耳を傾け続けていれば眠ってしまいそうな声色に、空は子どもっぽい仕草を控えようと襟を正した。
「あ、ええと
……
で、では。コーヒーで」
「ミルクはお入れ致しましょうか」
「むっ」
思いがけない変化球に対し、思わず言葉に詰まる空。こういう時、できる紳士というのはどうするのだろうか? 世間知らずといえども、空も紳士と呼ばれて不遜ない年齢である。むしろ長く楽園に閉じこもりすぎたせいで、その域すら超えてしまっているような気がしないでもないが
……
何はともあれ、空は常に楽園を束ねる為政者として相応しくあろうと自らを律してきたのだ。それが今更、いかにも苦そうなコーヒーを原液で飲めないなどという弱音を吐くわけにもいかないではないか。だから空は、少しの我慢と引き換えに背伸びをしてみようと思ったのだが。
「じゃ、じゃあブラッ」
「マスター、彼のコーヒーにはミルクを。シュガーもお願いします」
「え。ちょ、竜」
「かしこまりました。お客様はいかがなされますか」
「私はブラックで」
承知しました、と空を置いてけぼりにした会話がさくさくと進んでいく。いや、ちょっと待て。誰も激甘コーヒーなんて頼んでない。そう言いたい空だったが、一度波に乗った空気というのはそうそう変えられないのが現実である。口を挟む隙もないまま、目の前で注がれたてのドリンクが湯気を立ち昇らせるのを見ていることしかできないでいる。
こちら側に白、あちら側に黒。丁重な下準備が整ったところで、店員たちはようやく仕事を終えたというサインを見せた。
「それではごゆっくり、おくつろぎください」
しずしずと二人の席、ひいてはホールから退場していく脇役たち。残されたのは絶え間ない他の客人たちのお喋りと、湯気を隔てて静かに向き合う窓際の二人だけだった。
風の流れで天気が移り変わり、雲に隠れた太陽のせいで空の顔にも影がかかる。余計に不機嫌さが露骨になったというのに、向かい側に座る男はこれっぽっちも気にも留めないのだから、全く。
「竜。勝手に私の飲み物を決めるな」
文句を言いながらソーサーを手に取り、空はぐっと熱を帯びたカフェオレに口づけをする。
「火傷しますよ」
「あっつ!!」
竜狩人の忠告も虚しく、空は順当に多大なる痛みを被った。耐え切れず口元を押さえてカップをかちゃんと置き、声もなく悶絶する。そんな連れ合いの滑稽な姿を、竜狩人は呆れるでも嘲笑うでもなくあくまで淡々とした視線で見つめるばかりだった。
おのれ鈍感ドラゴンめ。自分は火吹きができるからってこれみよがしに淹れたてコーヒーを見せつけなくてもいいだろう。本当に、年々図々しくなっていく
……
まぁ、悪いことではないのだが。
「ブラックなんて飲んだことないでしょう。どこに強情になる必要が?」
「そんなの、飲んでみないと分からないだろう」
「いつにも増して直情的ですね。変装を解いて、珍しく素のあなたを曝け出しているからですか」
「そういうお前は、作曲家をしている時よりも随分意地悪だ」
「そんなことはな
……
いえ、失礼。自分の言動を思い返したら、想像以上に狡猾でした」
すみません、と小さく竜狩人が非を詫びる。常日頃、人の世に紛れ込むために(あるいは母なる赤竜の影響を抑えるために)普段はプラチナブロンドの貞淑に擬態している彼────竜狩人は、今日の茶会においては珍しくかつての容姿を披露していた。全盛の頃は邪悪だの傲慢だのと揶揄されるほどに尖っていた出で立ちが、長年の研磨でよくもまぁここまで丸くなったものだと感心してしまう。
ゆえに、空も口喧嘩で優勢といえどもそれ以上責め立てる気が失せてしまった。何というか、あの竜狩人がしおらしく誤ってくる姿に
……
不覚にも、胸が疼いてしまったのである。
「
……
ふ、ふん。殊勝なのは悪くないぞ竜狩人。お前はいつも私を侮り過ぎなんだ。そうやってたまには私に対する態度を顧みた方がいい。うん、絶対そうした方がいいに決まってる。いいですね、分かりましたね」
「仮の言葉尻が漏れていますよ、オルフェウスさん」
「そうやって揚げ足を取るのをやめていただきたい!」
全く、今日はこんな喧嘩をするために出かけたわけではないというのに。
「
………
」
ちらり、と空は薄氷色の瞳でテーブルの上に視線を滑らせる。未だ手つかずのケーキたちは、小さく身を寄せ合って不安そうにお茶会の参加者を見上げていた。無論ケーキが意思を持って喋り出すなんてことはあり得ないのだが、少なくとも空には彼らがそういう風に見えてしまっていた。ばつが悪そうに金糸の髪を揺らしながら顔を逸らすのは、居たたまれなくなった時についやってしまう悪癖だ。
「
……
いい、もういい。これ以上はケーキがかわいそうだ。お前を責めるのはもうやめるよ。さぁ、食べよう竜。せっかく予約してまで来たんだから好きなのを選ぶといい」
無理にでも空気を変えるべきだと、空は敢えて調子のいい声を発した。これでチャラ、全部水に流したことになった。少なくとも空の中ではそういうことになっているはずだった。だというのに、腕を組んだままの竜狩人はちっとも動かない。ケーキを取ろうという素振りも、柔らかさの欠片もないブラックコーヒーを楽しもうという気配もない。ただ空をじっと見つめて、何か言いたげにこちらを窺うばかりである。
「な、何だ。私を見ても何も出ないぞ」
「
………
」
「からかうのはよせ、竜。何を考えているんだ
……
竜、竜? おい、何か返事をしてくれないか
……
頼む、何か機嫌を損ねたなら謝るから。竜
……
うぅ、クレイバーグさん
……
」
フォークを片手に、だんだんと空の声は風船のようにしぼんでいく。立ち振る舞いも次第に、凛としたものから頼りない小動物のように退化し始めていたが、当の本人は焦りのあまり自らが威厳を失いつつあることに気が付いていないようだった。
高貴な氷であるくせに、少しつつけば不安ばかりの葦になって倒れてしまう。
────そういうところが「かわいい」のだ。
「空さん」
こうして彼を呼ぶのは何年ぶりだろう。自分でも口馴染みのなくなった音だと思った。竜狩人でさえそうなのだから、呼ばれた方は尚更動揺したことだろう。
「はっ!?」
「怒っていませんから。選んでください」
「えっ。け、ケーキを
……
?」
「そうです」
どれが食べたいんですかと問えば、空はおずおずとした表情で小さな宝石たちを吟味し始めた。迷う姿も戸惑いに満ちていて、本当にかわいい。仮にも作曲家という高尚な職業を生業としているくせに、空を前にすると語彙が消え去る。それもこれも小説家として身分を偽っている空自身にボキャブラリーを奪われているからなのだろう。きっとそうに違いない。
「それにしますか?」
問えば、空はこくりと頷いた。彼が選んだのは並みの洋菓子店ではそうそうお目にかかれないラズベリーのタルトでもなく、有名なショコラティエが手作りしたオペラでもなく。ごくごく平凡な、苺がひとつ乗っただけの小さくて素朴なショートケーキだった。
「なぜ、そのケーキに? よければ聞かせてください」
単なる好奇心だった。ちょっとした緊張感の中に放り込まれた空が、ストレスのかかる環境下でどんな選択をするのかが気になったというだけの、他愛もない知識欲。別に理由なんかどうでもよかった。ただ少しだけ、人間観察が趣味になりつつある仮初の小説家のように、客観的に彼のことを知っておこうと思っただけだった。
それなのに。
「ショートケーキ、は
……
」
つぷ、と空の手にしたフォークが瑞々しい果実の外装に突き立てられる。心臓を抉るよりも優しい貫通であるはずなのに、なぜか竜狩人は見てはいけないものを見ている気分を味わいつつあった。
スポンジから離れた実が、ゆっくりと口元へ運ばれていく。そのまま飲み込むかに思われたが、なぜか空は敢えて唇の間には果実を押し込まず、代わりにふっと微笑んでみせた。
「白い泡に赤い果物。少しだけ、竜に似ていると思ったから
……
」
そう告げて、空は苺を一粒────愛しい眼差しのまま飲み込んだ。
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