柩木
2023-12-13 22:04:49
4426文字
Public 崩壊:スターレイル
 

丹穹|さぁ、お食べ

餌付けを許容している丹恒×圧倒的善意でやらかしている穹

今回の依頼、一人じゃなくて良かったと穹はつくづく思った。ヤリーロⅥでの昼下がり。路地を疾走しながら考え事が出来るのは仲間の存在があってこそである。穹よりも少し先を行く丹恒となのか、二人の背中を眺めながら冷静でいられている自分の心を思う。

「もう、どうしてこうなっちゃうのかなぁ!」

簡単な依頼の後はショッピングを楽しむのだと宣言していたなのかは泣きそうな声で叫んだ。穹と、おそらく丹恒も言葉なくそれに同意する。どうしてこうなった。
今回の依頼そのものは難しいものではない。ベロブルグに住まうとある少女から依頼されたお使いは、どういう訳か怪しげな取引を行っている組織の現場へと誘っただけで、誰が悪いとかは全くない。強いて言うなら運が悪かったのだ。
目撃者は消せ。一番偉そうな男がそう命じた瞬間に追われる身となった穹、丹恒、なのかの三人は「次の路地、素早く三回右へ!」「分かった!」「えっ、なにどういうこと!?」等とやり取りをしながら裏路地を走る。
先頭を走り、挟み撃ちにしようとしてくる追手を千切っては投げていた丹恒がぐっと速度を下げた。それと入れ替わるように、穹がなのかを連れて先の角を曲がる。後ろでは男の悲鳴が幾つか聞こえた。恐らく彼の槍が追手を吹き飛ばしたのだろう。



路地を素早く三回曲がることで一時的にだが追手の視界から逃れた一行は、そこから更に建物の屋根へと登ることで追っ手を巻くことが出来た。一時はどうなる事かと思ったが、伊達に普段からベロブルグを歩いてはいない。
屋根から追手の動向を眺めながらしばしの休息時間を得た三人はようやく一息つくことが出来た。

「あーあ、今頃カフェでお茶してた筈なのに~。ウチ、喉カラカラだよ」
「まぁまぁ。お茶ならここでも出来る」

言うが早く、穹はバッグからドリンクのボトルを二本取り出した。大きいものと小さいもの。その内の小さいものはなのかに差し出す。

「なのには小さい方のペットボトルをあげよう。さっき追加で買ったヤツだ」
「アンタって何気に用意周到だよね。ありがとう!」

なのかが差し出したペットボトルを受け取り、遠慮なしにふたを開けて中身をあおった。半分程を一気に飲み干したので相当喉が渇いていたのだろう。ペットボトルから口を放したなのかは満面の笑みだった。

「はい丹恒も。俺と共有だけど」
「ないよりマシだ。ありがとう」

ボトルを受け取った丹恒も三分の一程を飲み干すと穹へ返した。そしてポケットに手を突っ込むと紙切れを一枚取り出す。先程怪しげな取引をしていた現場で見つけたもので、内容を斜め読みした丹恒がこっそり回収していたのだ。
咄嗟のことだったので穹となのかはその内容を知らない。

「そのメモってなんなの?」
「詳しいことはまだなんとも言えないが、恐らく次の取引場所だろう。だが、暗号化されているから解かなきゃならない」
「えっ、それって──」

丹恒となのかが話しているのを聞きながら、穹は更にバッグの中身を漁る。手持ちの飲み物は全て出してしまったが、携帯食料も幾つかあった筈だ。
時間帯としてはまだ昼には早いが、今後ゆっくりと落ち着いて休憩できる時間が取れるか分からない。いざという時に空腹では困るので食べられる時に食べておいた方が良いだろう。

「謎解きは丹恒先生に任せる。なの」
「わっ、携帯食料まで出てきた! いたれりつくせりだね」

穹が取り出したのはショートブレッドのような見た目の携帯食料だ。一箱に二袋、計四本のショートブレッドが入っている。依頼で歩き回る事が多い穹はいつでも食事が出きるように持ち歩いているのだ。なるべくなら店で買ったり列車の食堂車でゆっくり食事をしたいのだが、悲しいことにこれを食べる頻度は高い。
箱から出した一袋をなのかに渡し、穹は丹恒にも同じ様に手渡そうとした。

「ほら丹恒も」
「俺はこれを解いてからで良い」

差し出された携帯食料の袋には目もくれず丹恒は紙を睨み付けている。その横顔を穹は呆れたように見て、それからなのかに視線を向けた。彼女も丹恒の様子に肩をすくめている。
一度集中するとそう簡単には中断できない性分だとは理解していても、こうもあっさり断られると絶対に食べさせてやるという気持ちが強くなってくる。穹は無言で携帯食料の袋を開けた。

「丹恒。口開けて」

わざと丹恒の視界の中に入るよう食料を差し出した。死角から突然現れたそれにぎょっとしたのか、普段より二割増しくらい目を見開いていた。

「謎解きしながら噛れるだろ。今食べておかないと次いつ食べられるか分かんないぞ」
「そうだよ丹恒。今も追手はウチらを探してるんだから!」

差し出された携帯食料を見て、次に穹の顔をじっと見つめて何か言いたげな顔をした丹恒だったが、結局は観念したようにそれを口に咥えた。およそ半分程のショートブレッドが彼の口の中に消え、入りきらない分を咥えたまま器用にモグモグと咀嚼し始めたので、穹も二本入りの内のもう一本、丹恒が口を付けていないものを同じ様に口にする。
食べやすさを考慮されているのかほんのりと甘い。特にどうという事はない味だが、口の中の水分をゼロにするという意味でいえばこれ程のものはないだろう。
カラカラになった口の中の水分を補ってから、無言で隣の丹恒にボトルを差し出す。彼は何も言わずにボトルを受け取ったので、置かれた状況は二人共同じなようだった。

「これって腹は膨れるけど口の中カラッカラになるよな」
「ねー。水分なしじゃちょっと食べるのしんどいかも」
「それな。あ、丹恒残りも食べて。もう一本いる?」
「いや、いい」

やはり何か言いたげな顔をしていた丹恒だが、特に何か言及することなく残りを食べて謎解きに戻っていった。

今にして思えば、そんな些細なことの積み重ねだったのだろう。



フォークを使って一口大にカットしたパンケーキにベーコンを重ね、穹は丹恒の口元にそっと運ぶ。なるべく視界を遮らないよう慎重に、かつ分かりやすく差し出しましたよという空気感を纏って。

「丹恒先生は一度自分の世界に入っちゃうとなんにも聞こえなくなっちゃうから」

すると丹恒は差し出されたフォークの先をぱくりと口に含んで、咀嚼しながらまた読書に戻っていった。
ペラは目が点になる。私は今、何を見せられたのだろう。

「それは、その……。正しいのかしら」
「ね。せっかくのランチなのに俺を放って読書だもん」

指揮者のようにフォークを振るった穹は、ペラに答えて再びパンケーキを切る作業に戻っていった。
そうではない。穹の「俺を放って」という表現も少し気になるが、ペラが正しいのかと問うたのはそういう事ではなかった。
昼下がりの行政区。カフェで休憩している穹と丹恒を見かけて話しかけたのだが、その時に見たのが先程の光景である。初めは見間違いだと思ったのだが、声をかけた後でも平然と行われる行為にめまいがした。
いいんだろうか、これは。刺激が強過ぎやしないだろうか。他の客からチラチラと向けられる視線も心なしか熱っぽい気がするのだが、二人は何も感じないのか。
ペラは二人を注意深く観察する。彼らの関係性がどのようなものであるのかを見極める為に。

「何も聞こえない訳じゃない」
「言う割には心ここにあらず、って感じだけどな。読み終わったんならあとは自力でどうぞ」

資料に目を通し終わったのか本を閉じた丹恒は、何事もなかったかのように穹からナイフとフォークを受け取って食事を再開した。テーブルには二人分の食事があり、穹の前にある皿は空になっている。成程、丹恒が食事を疎かにしているのを見かねて食べさせていたのかと納得しかけて、いやそうではないだろうと自分に言い聞かせる。
目の前の彼らはあくまでイレギュラー。いくら親しい間柄でもそこまでしない。しない筈だ。
仮にするとしたら、どんな関係値なのだ。ペラの知識の中でそれを表すだろう語彙が浮かんでは消える。それは憶測の域を出ない単語ばかりだからだ。

「俺は毎回断ってる」
「あったかいものはあったかいうちに食べた方が美味いじゃん」
「否定しないが、俺は気にしない」
「でもさー」

毎回断られているのに穹は食べさせるし、丹恒はそれに付き合っているのか。
ペラが穹と丹恒の二人と共に過ごした時間は少ない。強いて言うなら博物館運営の手伝いと幾つかの仕事を依頼したことがある程度だ。そのどちらもペラと直接やり取りしたのは穹で、丹恒とは数える程度のやり取りにとどまっている。
星穹列車に乗り銀河を駆けるナナシビトの一人。冷静で寡黙。時折突拍子もない行動を取ってみせる穹のお目付け役――というのが、ペラが現状丹恒に対して抱いている印象である。
ある種の冷徹さを持って人と接するのだと思っていた男がそんな、まるで、戯れるような。たとえ人の懐に滑り込むのが上手い穹であっても、あまりに近すぎる距離感じゃなかろうか。彼がそんな行動を許容するなんて。
ペラは穹との雑談に興じながらちらりと丹恒を見やる。店の外、壁もなにもない場所に並べられたカフェスペースで、さぁお食べと言わんばかりに穹から差し出されたフォークを躊躇いなく口にした男ははてさてどんな顔をしているのだと、少し意地の悪いことを思ったりなどはしていない。ただ気になっただけで他意はないのだ。

――しょうがないやつだな」

美味しいものを美味しく食べることの大切さについて自論を展開し、一生懸命語っている穹を見つめる視線は、酷いくらい優しい物だった。分かりやすく微笑んだりしている訳ではないのに、彼がまとう空気が、向ける眼差しが、返事をする声音が、腕を組むその様すらが柔らかい――様な気がした。
少なくともペラにはそう見えたのだ。

――なんだって。ペラもそう思わない? ……ペラ? 大丈夫か?」

ペラを見つめる穹と丹恒の二人は怪訝そうで、思考に持っていかれていた意識を慌てて戻した。ずれていたメガネを正しい位置に戻す。
挨拶は出来たのだから、これ以上ここにとどまる理由はないだろう。それにあまり長居してはお邪魔かもしれない。

……すみません、ここ最近忙しかったせい、ですかね。少し呆けてしまって」
「大丈夫か? シルバーメインの仕事は忙しそうだもんな。何かあれば依頼してくれよ」
「はい。久々にお会いできて良かったです。ではこれで」
「ああ、またな」

元々休憩する為にカフェを訪れたペラだったが、なんだかとても疲れた。しかしその反面、良い収穫も得られたので良かったとも思っている。今見たものは趣味の方で大いに活用させてもらおう。
一先ずは今日の注文をカフェモカにすることを決めて、ペラは注文をすべく列に並んだのだった。