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柩木
2023-12-13 22:03:14
4576文字
Public
崩壊:スターレイル
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丹穹|尾は口よりも物を言う
丹恒と飲月。少し違うところがあるけどその分素直になったなぁ、と朝食を食べながら思う穹。
「丹恒~? 丹恒先生~?」
パスケット片手に資料室を訪れた穹は入室前にそう声をかけた。中にいるであろう人物へ「今から入りますよ」という意思表示だったのだがこれといった返答はない。それどころか人がいる気配すら感じ取れないので穹は少し呆れてしまった。時間を忘れた挙げ句、来客に気付かない程作業に没頭しなくてもいいのに。
そこから数分待ち、無作法だとかなんとか言われようが構わないと思った穹は資料室の扉を開けて中へと踏み入れた。廊下では気配が感じられなかった資料室だが、中にはちゃんと人がいる。
「丹恒~。モーニングのお届けですよ~
……
って、やっぱり」
一揃いの机と椅子。それらは一応資料を読む者が使えるように置いてある。だが、穹が星穹列車に初めて乗車した日から今日に至るまで、丹恒以外の者がそれを使っている姿を見たことがない。そもそも資料室へ足を運ぶ乗客の方が少ないのだから、ある意味必然なのかもしれないが。
この時も丹恒は机に向かって資料を読んでいた。これから整理するのか、それとも整理し終えた中に興味深いものでもあったのか。扉越しでは気配すら感じ取れなかった丹恒だが、流石に入室してきた者には反応した。穹の姿を確認して怪訝そうにしている。
「ノックは」
「したし外から声かけた。おはよう」
「
……
、もうそんな時間か。おはよう」
朝の挨拶だけで全てを察したらしい丹恒は目頭を押さえて同じ様に朝の挨拶を返してきた。
丹恒はアーカイブを整理する時、興味を引く文献を見つけると読みふけってしまう癖があった。特に資料室は昼夜の時間感覚を失わせるらしい。元々丹恒にとって読書は趣味であり習慣でもあるそうで──この時彼は何か含みを持たせていたが、穹はそれについて尋ねたことは一度もない──少しだけ読むつもりが気付けば朝の時間になっていた事も少なくないのだという。
「丹恒がこないってパムが泣きそうな顔してたぞ」
穹は丹恒が現在進行形で使っている机に、パムから受け取った朝食入りのバスケットを置いた。
食事はちゃんととって欲しい。乗客を第一に考えるパムの大きな目が不安げに揺れているのを見て、穹はサンドイッチを作ってくれたら自分が届けると申し出たのだ。それなら片手で手軽に食べられる。いつも列車の運営に一生懸命な車掌の憂いを晴らすのも順風満帆な旅には必要だ。
暫くしてパムが持って来たバスケットには、スープジャーとスープマグのセットと、皿へ美しく並べられたサンドイッチが入っていた。そういえばこのスープジャーの中身がなんなのか聞いていない。
「至れり尽くせりだな。これは?」
「俺がお願いしてパムに用意してもらったんだ。感謝しろよ」
「そうかありがとう」
バスケットから中身を出して丹恒の前に遠慮なく並べていく。サンドイッチの皿からラップを剥がし、一緒に入っていたスープマグにはスープジャーの中身を注いだ。スープの色味も黄色く、少し塩気の混じる甘い香りはコーンスープの香りに違いない。
有無を言わさぬ穹の動きを受けて、丹恒も机の上を整理し場所を空け始めた。食事を取る気になってくれたのなら何よりだ。
「次はちゃんと食堂車に来いよ。でないと次の朝食からは姫子のコーヒー以外飲ませない」
「それは
……
。肝に命じておこう」
丹恒は姫子のコーヒーを修行と称して飲んでいるが、飲む時の表情は穏やかとは言い難い。つまり、味を好んで飲んでいる訳ではないと穹は知っている。
起き抜けに彼女のコーヒーを飲めばこれ以上ないくらいに目が覚めることだろう。軽率に夜更かしをしようなどとは思わなくなる筈だ。
「お前はもう食べたのか?」
「ああ。この後約束もあるしな」
「そうか。
……
余計なことには首を突っ込むなよ」
「向こうから首を突っ込んでくるんだよ。俺が好きで突っ込んでるんじゃない」
トラブルはいつだって向こうからやってくる。それに、はじめからトラブルですという顔をしてやってくる事象は少ない。いかにも簡単なお願い事だと取り繕った挙げ句、少しずつ面倒事へと発展していくのだ。こればかりはきっと丹恒にだってどうすることも出来ないだろう。
「それでも、無茶はするなよ。どうしようもなくなる前に相談してくれ」
少し眉をひそめる丹恒の表情は一見すると不機嫌そうに見えるが、大抵の場合彼の意にそぐわないことが今起きているという事の証明だ。見たままに機嫌が悪い場面はむしろ少ない。難題を前にしている時や、雪に隠れる不審者を問い詰めている時などに似たような表情を見たことがある。
丹恒ははっきりと物を言う性分ではあるが、迷いがある時には口を噤む。短いやり取りだったが、今、丹恒が何か言葉を飲んだ気がした。
尋ねる前に食事を始めてしまったので、この時はなかったことにされてしまった彼の感情を聞き出すことは出来なかった。
/
仙舟・羅浮から帰ってきて数日が経ったある日の朝。丹恒からメッセージが届いていた。同じ列車内にいるのになぜと思いもしたが、内容は「朝食を届けて欲しい」という旨のもので、穹は寝ぼけ眼でそれを了承した。
その後、食堂車を訪れた穹が早速パムにテイクアウトをお願いすると「食べようとする気持ちがあるのなら大丈夫じゃの!」と、快く了承してくれる。いつかの時より重みを感じるバスケットを受け取り、珍しく指定された丹恒の自室へと向かった。
いつかのように──あの時は資料室だったが──ノックをしてから声をかける。
「モーニングのお届けでーす」
部屋の中から人の気配がする。何か別に集中していて放置されることはなさそうだ。靴音が扉へと近付いてくる。
扉の向こうから姿を表した丹恒の姿に、ああだから食堂車に来なかったんだなと納得した。腰にかかる程長く伸びた髪。額から伸びる角。凪いだ海のように輝くネオンブルーの瞳。丹恒の面影があるのにまるで別人のような、飲月君の姿。
昨日の夜、部屋の前で別れたままの姿で出迎えた丹恒は穹と視線が合うと居心地が悪そうに目を伏せた。
「まだ戻ってなかったのか」
「ああ、朝になる前には戻っていると思ったんだが」
一度力を表に出すと普段の姿に戻るまで時間を要する。緊急時に出し惜しみするつもりはないが叶うことならあまり使いたくはない力なのだと、丹恒はよく漏らしていた。だから、丹恒であって丹恒ではない今の姿では部屋から出たくなかったのだろう。
丹恒は一歩横にずれて扉の前を開け、穹を中へと招き入れた。
「
……
悪くないけどなその姿。俺は綺麗だと思うよ」
「そうか」
実際、持明族の姿は美しいと思う。
普段の丹恒は外見年齢に見合った青年といった様子だが、飲月の姿の時はその振る舞いが洗練されていて気品のようなものを感じさせる。話してみれば丹恒であると確信できるのだが、ただ立っているだけでも場の空気が引き締まるような気がした。龍の末裔という神秘性がそうさせるのかは、なんとも言えない。
穹の瞳にはそのように映った。
「まさか一晩中起きてたのか?」
「いや、≪俺は≫夜更かしはしない」
飲月の姿になった丹恒は普段以上に物静かだ。声の抑揚一つとっても違いがある。これを大人びていると一言で片付けるのは乱暴すぎる気がした。
丹恒の部屋に入るのは初めてではない。なのにどこか違和感がある。丹恒の姿が違う以外に、何か。言葉にできないものの明確な違いが穹に奇妙な感覚を覚えさせた。
どちらも丹恒であることには代わりないのに。
変なことを考えてしまったと罪悪感を覚えながら穹はバスケットの中身をテーブルに並べていく。サンドイッチが入ったタッパーが二つとスープジャー。今回は飲み物として紅茶がボトルに入っている。スープ用と紅茶用のマグも二つ。
「やけに多いな」
「ついでだし俺もここで食べようと思って二人分頼んだ」
穹が食べ終わってから届けたのでは遅くなるし、食べる前に届けるのは食堂車と個室が並ぶ車両を行き来しなくてはならず、単純に二度手間な気がした。ならばとパムに二人分の朝食をお願いしたのだ。恐らくパムが用意したこれらのメニューは食堂で食べられるものと大差ない。
「あ、もしかして一人で食べたかった?」
「いや」
食事に同席するのを迷惑かを尋ねれば短く「構わない」と答え、穹の為に席を用意してくれる。断られたらその時は少し駄々をこねてみようとか考えていたので、拍子抜けすると同時にあっさり受け入れられたことを嬉しく思った。
元々丹恒の部屋は物が少ない。なので二人で作業をすればあっという間に朝食の場が整う。
テーブルの上に並ぶサンドイッチとスープはいつかと同じメニューだが、まだ食堂車が開いて早い時間にお願いしたからか持たされたメニューは豊富だ。スクランブルエッグとウインナーが乗った皿。サラダのボウル。蜂蜜をかけたヨーグルトがたっぷり。
メニューだけを聞けば少し豪勢な朝食でしかないが、並べてみればその一つ一つが朝から食べるには多いことに気付いた。二人分用意してもらったから多く見えるんだと思った食事の量だが、パムから「たんと食べるんじゃぞ!」と言われている気がして思わず苦笑する。
「多くない?」
「多いが、食べきれない量ではない。時間はある。ゆっくり食べていったらいい」
「それもそっか」
言葉選びや抑揚だけ見るとあっさりとした物言いだが、表情は心なしか柔らかい。それ気にを良くして促されるままテーブルを挟んだ向かい側の席に着く。
それから二人だけの朝食が始まった──のだが、早速足に違和感を覚えて視線だけを足元に送る。それから丹恒に視線を移したのだが本人はどこ吹く風といった様子だ。
「あの、丹恒先生?」
「なんだ」
「尻尾」
右足首にひんやりとしたものが巻き付いている。巻き付かれているにも関わらず穹の足が透けて見えるそれは丹恒の尾だ。時々現れる龍尊としての名残は、彼の頭から伸びる一対の角と同じく透明度を持っており、まるで意思を持った水のようである。普段は表に出てこないのだが、丹恒の気持ちと連動しているのか時々こうして姿が見える時がある。
穹の行動を阻害するものでもなければ、痛くするのものでもない。どちらかというと手を繋ぐような、振りほどけば簡単に離れていく程度の力加減で丹恒の尾は絡み付いている。
「今日は出掛ける予定はないんだけど」
「そうか」
「
……
だから別にそこまでしなくても」
「何か問題でも?」
「いえ、ナンデモナイデス」
問題はない。どうせ席を立つ時になればあっさりほどけてしまうのだ。以前は遠慮して何か思っても口にしないことの方が多かった丹恒が、今では随分心を開いてくれたものだと喜べばいいのか何なのか。
丹恒が口を継ぐんだあの日の朝食から繋がる今を思えば、先程まで感じていた丹恒への違和感は薄れていく。我慢しても結局はどこかで自分の意を通すのだ。丹恒と言う男は。
ただまぁ、誰も見ていない空間だとしても恥ずかしいものは恥ずかしいので、穹は一言物申したくなってしまう。丹恒はそれが分かって楽しんでいるのか、機嫌良さげに口角を微かに持ち上げ、それを隠すように紅茶のカップを傾けた。
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