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わんほり
2023-12-13 16:54:41
2955文字
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小説
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道しるべ
奏まふ版深夜の真剣一本勝負11/19のお題「極彩色・見ないふり・迷子」のうち「極彩色」で書いてボツにしたものです。
あなたが通りすぎたその跡に、血のように赤い花が点々と咲いていた。
命を零して分け与えるように、鮮やかな色彩で彩られた花は、ただただあなた以外の誰かの幸せだけを祈っていた。
まるであなただけが、幸いなど無い世界に独り生きているかのように。宵崎奏が受け取れる幸福など存在しないかのように。
「はい、これ
…………
何かしてれば気が紛れるでしょ」
そう言って絵名が私にくれた鉛筆とスケッチブックを前にして、ちょうど課題を終えた私は、これに描くなら何にしようかと考えていた。
描きたいもの
……
というのもよくわからない。
外出はしたくないから、奏の家にあるもので、スケッチに適したものはないか探してみる。
カップ麺とエナジードリンクは却下。
台所の鍋やフライパン、冷蔵庫などの家電はどうだろう。リビングに飾られている花でもいい。
そう考えながら、スケッチブックを抱えて、家の中をペタペタと歩く。目に映るものはどれも奏の名残りがあってあたたかい。当然だ。ここは奏の家なんだから。
赤いスチール鍋が目に入る。
望月さんが作ってくれていたシチューを、この鍋で温めて奏と食べた。その時のぽかぽかした感じを思い出す。
これを描こうとスケッチブックを広げ、鉛筆を握ったが、手が動かない。私はスケッチブックを閉じて、小さくため息をついた。
私が描いたら、この赤い鍋から、あの時のぬくもりが消えてなくなってしまう気がした。スケッチブックの中で、冷たいただの鉄の塊になり果ててしまう。そう思ったら、描けなくなった。それを見たくなかった。
美術の授業では、お手本に合わせて、なんとなくそれっぽいものを描いていた。それで評価を得られていたし、それ以外にどうすればいいのか、わからなかった。
私には、目に映るものの色や形は見えるけど、それが『どんな感じのものか』がわからない。何かを描く時、こんな感じがするから、と目に映らない色やそこにない線を付けられる感覚がわからない。私は今、奏の家の赤い鍋を見て「あたたかい」と感じているけど、それは私がその鍋に関する記憶を「あたたかい」と認識しているからだ。目に映る鍋の色や形はただの鉄の鍋で、それをどう描けば「あたたかい」鍋になるのかわからない。
心が色を映し、色彩の印象を変えるなら、私が見て『赤』だと認識している『赤』は、本当にみんなが見ている『赤』と同じ色をしているだろうか?
奏は、どうだろう?
私よりは世界を色彩豊かに捉えていそうな気はする。
同じ景色が見てみたい。
だけど、それは叶わないから。
共有したくて奏は想いをのせて音を紡ぐ。私は懸命に言葉を手繰り寄せる。そうやって互いを繋いでいく。
ふと、奏を描いてみようと思い立った。
私が描く奏がどんな風なのか、見てみたくなった。
私が描くと奏さえもそのぬくもりを無くすのだろうか。もしそうなってしまっても、生きて熱を持った奏はすぐそばにいる。だから記憶のリカバリーもすぐに出来るから、次にいつシチューを温めるかわからない鍋よりも安心して描ける気がした。
今は部屋でパソコンに向かっているはずだ。一心不乱に音の調整をしている時の奏はほとんど動かないし、スケッチするのにもちょうどいい。
部屋に向かい、奏が私のために用意してくれた椅子に腰掛ける。ヘッドホンをつけたまま、食い入るようにディスプレイを見つめている奏は、案の定こちらに見向きもしない。時々その集中力をさみしく思うこともあるけど、今に限っては好都合だ。
スケッチブックを開き、まずはじっくりと観察する。
長い前髪に隠された額のライン。鼻筋。痩せた体の割にはふっくらとした頬。小さな口。顎から細い首をたどる鎖骨までのライン。
いつもは柔らかく下げられていることの多い眉と目は、今は力強く上向いている。特にその目は、もともと切れ長なのもあって、鋭いラインを描いていた。蒼い瞳に映るディスプレイ上の音の粒を、ひとつひとつ追い続ける真剣な眼差し。誰に対しても優しい眼差しを向け続ける奏が、こんな目をするんだと驚いた。
私の目に映る奏を、スケッチブックに鉛筆を用いて忠実に再現していく。奏の持つ線を目でたどり、白い紙に写しとっていく。作業に集中している時のように、私の中の雑音が消えていく。常に頭の片隅から離れないお母さんのことも、これからどうすればいいのかということも忘れ、描くことにただのめり込んでいた。
「できた」
鉛筆を置いて小さく呟く。
心地よい充足感と疲労は、自分が描いた奏を目にした瞬間に吹き飛んだ。
私が
……
心を通して見たものを描くことが出来ない私が描いた奏は、生命を削るようにして音に向かっていた。険しく血を吐くような顔をしていた。
奏は優しくて、あたたかい。
そんな私の心のフィルターを通さない、生身の宵崎奏の姿がそこにあった。
奏はいつもこんな顔をして、あのあたたかい曲を生み出していたのか。全てを捧げ切るような悲痛な顔をしていたのか。自分の中にはぬくもりも何も残らなくていい、そんな決意に満ちた顔をしていたのか。
どうすれば聴いた人が幸せになれるだろう。
どんな音なら届くだろう。
どう紡いでいけば響くだろう。
ただただ差し出す。
寄り添って、手を引くように、救いのない場所から光ある場所へ。
わたしは何もいらない。
届いたのならそれでいい。
そうやってまた奏は、ひとり夜の底へと戻っていく。
私はふらりと立ち上がって、ディスプレイを見つめる奏を後ろから抱きしめた。細い肩が小さく跳ね、奏がディスプレイから目を離したのを感じる。後ろでスケッチブックが乾いた音を立てて椅子から落ちた。
「奏
……
ごめん」
肩に顔を埋めて、直接奏の心臓に届くように、低く謝罪の言葉を落とした。ヘッドホンをしている奏の耳には届かなくていい。鼓膜を震わせた音は奏の心に伝わってしまう。そうすればきっとあなたは、まふゆが謝る必要なんてないよと優しく笑うだろうから。
私が描いた奏のあの顔を、私は一度だけ見たことがあった。
真っ白なセカイで「もう消えたい」と叫び続けたあの時、奏はあの悲痛な決意に満ちた目で、確かに私をまっすぐに見つめていた。「私が作り続ける」とその命を賭けて、呪いを増やした。
どうやったら奏に伝えられるだろう。
あなたが寄り添って私にくれるぬくもりを、本当はあなたにも受け取って欲しいことを。隣にいるあなたが幸せでなければ、私も幸せにはなれないということを。
あなたが通りすぎたその跡に、血のように赤い花が点々と咲いていた。
命を零して分け与えるように、鮮やかな色彩で彩られた花は、ただただあなた以外の誰かの幸せだけを祈っていた。
幸せを乞い願う赤い花を踏みつけながら、私はあなたのあとを追いかける。手を繋いでとねだって、振り向いて優しく微笑むあなたに緑に輝くアイビーを巻きつけて、強く巻きつけて、私はやっと息を吐く。そしてまたあなたと歩き始めるのだ。あなたに幸いあれと願いながら。
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