【ユリレイ】50cm

両片想いユリレイが夜の散歩に繰り出すお話。

夜の散歩なんて称して、港町を海沿いに散策する。
多くの散歩がそうであるように、青年にもまた目的はない。強いて挙げるとするならば、黙って後ろをついてくる14年上の胡散臭い男と歩みを共にする時間が、ほんの僅か欲しかった。軽口などはとうに尽きて、今はただ黙って歩み続ける。ざざ、と波音が鼓膜を擽るたびに、後ろをひたひたとついてくる足音がかき消された。
青年はふと歩みを止めると、欄干に身を預けて、うんと伸びをした。男はそれをただ眺めている。約5歩分離れたところから。

「いいな、海風って」
青年が久しぶりに(と、男には感じられた)口を開いたので、男は不意を突かれて「おう」などと間抜けな返答をしてしまった。しかし、「なんだ、その返事」と青年が笑ったので、まあいいか、と思ってしまうあたり自分は単純な男だと思う。
今度はちゃんと、自分も欄干によりかかって、息を吸って吐いた。良い風が吹いている。海の香りにあまりいい思い出はないが、青年がいるからそれもまあいいか、と思う。なにせ自分は単純な男だ。
「青年は、海とは縁遠かったんじゃないの」
「まあな、下町は海から遠いし、旅に出て初めて見たくらいだから」
「気に入ったんだ」
「そう、だな、うん、気に入った」
「よかったね」
「ああ」
仲間内で年長組に数えられるこの青年が、男の前では少々背伸びを解いて、年相応(あるいはそれ以下にも感じられる)の仕草を見せることを男はこそばゆく思った。14も先に生まれていながら、それをそっと見守るというスタンスでは物足りなく感じる自分を男は不思議にも思うし、当然のようにも思った。何せ青年の甘え下手は折り紙付きだ。今年12の歳を数える我らが首領をして「ユーリは1人で何でもやっちゃいすぎ」などと苦言を呈される22歳の青年は、その自覚があるのかないのか。その青年が深夜、同室の自分をわざわざ揺すって起こしてきたことも、「ちょっと、外、出ねぇか」となんとも歯切れ悪い誘い文句で己を誘い出したことも、日ごろの青年からしたら全く珍しいことであった。思い当たる理由は1つもなかったが、断る理由が1つもないという理由で男はのこのこ付いてきた。甘えているのはどちらなのか、男は密かに苦笑する。
「あんたの」
青年がわずかに咳き込んでから、男に目を向けた。
そういえば、『散歩』の間、目が合うこともなかったなと男は思い当たった。
「隣、もうちょっと、寄ってもいいかな」
こんなことを言うためだけに、重い瞼を開けて、逸らしたくなる視線を懸命に縫い留めて、青年は男を見つめている。男にはそれがむずがゆくて、こそばゆい。断る理由が1つもなかった。
「ちょっとでいいの?」
年上の余裕とやらを少しは見せてやりたかったから、あえての意地悪で応戦すると、青年が口を真一文字に結んだ。そして少し考えてから答えた。
「50cmくらいまで」
男は今度こそ笑ってしまった。そしてその伺いに答えるより先に、男は青年の隣に歩みを進めた。