【黄泉戸喫】

『蹂躙するは我が手にて』現行未通過×

メルと食事について

黄泉戸喫。
意味そのものは、黄泉の竈で作られた物を食べること。同じ物を体内に入れることで現地と一体化を試みる、というコミュニケーションの一種とも言われる。
いわく。酷い火傷によって、黄泉へ渡った神がいた。その死を深く悲しみ、黄泉まで迎えに行った神がいた。しかし、黄泉の物を口にした神は黄泉還りを断った。
いわく。その美により、黄泉に拐われた神がいた。その行為を不当として、黄泉まで連れ戻しに行った神がいた。しかし、黄泉の柘榴を4粒口にした神は4ヶ月黄泉に縛られた。
そんな神話に由来する、その地の食物を口にするとその地に縛られ続けると言う意味の言葉。旅先に成る実を安易に口にしてはならない、その理由。無論、やたらめったら何でも食べるのはマズいという意味もあるだろうが。

しかし、興味深いのはそこからだ。
そんな話から派生して、『同じ物を食べることで永遠を共にする』という文化が生まれた。明確な縁を結ぶことで、決して離れられないようにする。同じ物で身体を満たすことで、完全な同一化を図る。誓いの言葉よりも重く固い、執着と依存。逃げない、逃さない、逃げられない状況を作る狂気。
同じ物を共有する『キス』も、一種のそれに含まれるのだろうか。直接だろうが間接だろうが、繋がりをより強める効果を生むのではないだろうか。

食後に駄弁る彼らを見て、ボンヤリ考える。この説が現実になるのなら。以前ワガママを言ったエルくんに一度口にした肉を渡したアルくんは、ある意味で永遠を誓ったのだろう。自分特製の薬を飲むロルくんは、正しく自分から逃げられないのだろう。この四人は未来永劫、同じ縁で結ばれるのだろう。そうなったら、なんて素敵で素晴らしきことだろうか。

そんな考えを知るのは、オレだけで十分だけど。