私の部屋では、明るい声があった。
必要最低限の殺風景な私の部屋に、後輩で仲間のマシュが遊びに来たのだ。
今日はレイシフトはお休みの日で、私達は特にやることがないということで、久々に女子会をするということになった。
いろいろ話が盛り上がっていくと、私は新しい紅茶と皿に乗せたクッキーをマシュの前に出した。
マシュは「美味しそうです。いただきます」と言ってクッキーを口に運んだ。
「これ、すごく美味しいです!」
「よかった! マシュと一緒に食べようって思って用意したんだ」
私もクッキーを手に取る。口の中に広がる甘みが香ばしい。そして紅茶と合わせて飲むとより一層美味しい。この組み合わせは間違いじゃなかったようだ。
「まだあるからいっぱい食べてね」
「はい。ありがとうございます、先輩」
マシュはそう言うと、もう一枚クッキーを口に運んだ。どうやら気に入ってくれたようだ。
いつもレイシフトした先で戦闘ばかりで、ゆっくりと会話をすることはなかった。たまにはこうやって談笑するのも悪くない。
会話に夢中になったせいか、一服を入れるとお互い無言になってしまった。ちょっと休憩といったところだろうか。
そう思いながら、紅茶を飲んでいると何やら視線を感じた。マシュの視線が時々私を見つめたり、紅茶を見つめたり忙しそうだ。
「? マシュ、どうかした?」
「あ、あの! ええっと
……その
……」
マシュは口ごもる。何か言いたそうなのに何かを気にしているのか、その先を言わない。悩み事だろうか。
マシュが言うのを待っていると、彼女は次第に本題に入った。一つ、咳払いをしてから。
「先輩。先輩は、その
……恋をしたことがありますか?」
「
――ぶっ?!」
マシュの意外な質問に飲んでいた紅茶を軽く吹いてしまった。なんとか、紅茶を零さずに済んだ。
「すみません、先輩! 大丈夫ですか?!」
「だ、大丈夫。ごめんね、驚かせて」
「いえ! 私の方こそすみません、変な質問をしてしまって」
マシュが優しく私の背中を擦ってくれる。なんとか咳がとまった頃合いを見て、改めてマシュに聞く。
マシュは顔を赤くしながら口を開いた。
「その、前に女性サーヴァントさんたちと話をする機会がありまして
――」
事情を説明をすると、つまりこういうことらしい。
マシュは女性サーヴァント内でたまに行われる女子会に呼ばれたらしい。マシュは普段私と一緒にいるためにこれが初めてだった。
その時に聞かれたのだ。
――マスターは誰かと恋をしたことがあるのか。
マシュはプライベートの部分ではあまり気にしないのだが、彼女たちに尋ねられるとマシュも気になってしまったようだ。聞かれた時は分からない、と正直に言ったらしいのだが、それから気になったので私を呼んだのだという。
そういえば、私はカルデアに来てからそう言った恋愛絡みのことから遠ざけていたような気がする。恋愛ものの本も読まないし、今日のマシュと話をするまで全く恋愛に眼中なかった。
女性サーヴァントがいるのだから、勿論男性サーヴァントもいる。その殆どが美男美女揃い。レイシフト先でも恋愛とは違うが、似たようなことで巻き込まれたこともあるが、私自身はそういった感情はほぼないと言っていいだろう。どちらかというと“家族”と捉えている言ってもいい。
――一部を除いて。
私は気がつくと、髪にくくっているシュシュに手を添えた。
これは、カルデアに行くことになったとき、『大切な人』からもらったものだ。あの日からずっとこのシュシュをつけている。
「先輩、いつもそのシュシュをしていますね」
「うん、大切な人からもらったものだから」
「
……大切な人、ですか」
マシュは興味深く小さく呟いた。
マシュは私が来る前からカルデアにいた。もしかしたらそう言ったことがないのかもしれない。
「あの、その『大切な人』っていったい
――」
マシュが私に尋ねているところに、通信音が部屋に響いた。私達は驚きながら通信機を取ると、男性の声が聞こえた。
「マシュ、立香ちゃんのところにいたんだね」
「はい。どうかしましたか? ドクター」
マシュが答えると、ドクターことロマニ・アーキマンが申し訳ない、とあやまる声を上げた。
「ほんっとうにごめん! これから管制室に来てくれるかな? 前のレイシフト先のことについて詳しく知りたいことがあって
――」
「
……」
ロマニの呼び出しにマシュは少し残念そうな表情で私の顔を見る。私はロマニに呆れつつもマシュに笑顔を向けた。
「今日はこれでお開きだね」
「あの、また今日みたいなお話をしてもいいですか?」
「いいよ。また集まって話をしよう」
私がそう言うと、マシュはふぅ、と安堵してロマニに「分かりました、これから向かいます」と言って通信を切った。
こうして私とマシュの楽しい女子会はお開きとなった。とても楽しかっただけに、早く終わるのを寂しく思う。
私はマシュを廊下まで見送る。
「とても楽しかったです、先輩」
「私も楽しかったよ。また遊びに来てよ」
「はい。それでは、お邪魔しました」
マシュは軽く頭を下げて言うと、廊下を走っていった。ロマニを待たせてはいけないと思っての彼女なりの気遣いなのだろう。
私はそんな彼女を見えなくなるまで見届けていた。
マシュの背中がなくなると、部屋に戻る。中に入って扉を閉めようとしたところ、“何か”の気配を感じた。
(この気配は
――)
「話は終わったか、雑種」
気配の主
――ギルガメッシュは背後に姿を現した。私は驚いて変な声を上げてしまった。
「煩いわ、戯けめ!」
「ご、ごめんなさい! 急に後ろに出てくるから
――」
「いい加減慣れろ」
そう言ってギルガメッシュはずかずかと私の部屋に入っていった。私は後を追いかけるようについていく。背後から扉が閉まる音を聞いた。
最近、私の部屋にギルガメッシュがよくやってくる。きっかけはなんだったか、今ではあまり覚えていない。忘れるほどに彼が部屋にやってくることは日常の一つと化していたようだ。
彼を召喚したときは本当に第一印象が最悪だった。だが、それを私がなんとか種火周回に連れて行ったり会話したりして少しずつ彼も心を開いてくれたようだ。あの頃と比べれば今は十分仲間として信頼してくれていると
……思う。
雑種、雑種、と口は悪いが言っていることは正しいし、文句はない。マスターとしてまだまだ未熟だということも承知だ。それでもこうして気にかけてくれているということは根は面倒見がいいのかもしれない。
……本人に言うと怒られそうなので言わないが。
ギルガメッシュはベッドに腰を落とす。私はテーブルの上に置いたままのティーカップを片付けることにした。背後から「我オレの茶を出せ」と彼の声が聞こえて軽く返事をした。
新しいティーカップを用意して紅茶を淹れる。まだ熱が冷えていないようで、湯気が密かに天井に上っている。
私もおかわりをするため、自分の分も淹れて二人分のティーカップをテーブルの前に出した。ギルガメッシュはティーカップを手に取り、紅茶に口を運ぶ。
「雑種にしては悪くない」
「ありがとう。あ、クッキーもよかったら食べてって。マシュも美味しいってお墨付きなんだ」
「ふむ」
彼がクッキーを手に取り、紅茶を飲む。悪くはない、と笑っていた。さすが英雄王、評価はいちいち手厳しいが不味くはないようでそこだけ達成できただけよかった。堪能したのか、ギルガメッシュが口を開いた。
「マシュと何を話していた?」
「うーんと
……女の子同士の話なのでノーコメントで」
ついさっきまで恋愛話で盛り上がっていた、なんて話をしてしまえば笑われることは想像できる。それにマシュも私だからこそ珍しくそういう話題を出してくれたのかもしれない。
彼はハッ、と小さく鼻で笑いつつ、それ以上は追求されなかった。一応そういった話題に踏み込まないという配慮はできるらしい。
それからというもの、私達は特に何も話をせず一服をしていた。時々視線を感じるが、私は紅茶を飲む振りをしながら気にしないようにしていた。
そういえば、今ギルガメッシュと二人きりだ。そう思うと、変に意識をしてしまう。さっきマシュと恋愛話をしていたこともあって、余計に気になってしまう。それに、ちらちらとこっちを見ているのもまた、気になっている要員でもある。
(あれれ? なんかおかしいのかな)
普段はそんなに気にしないのに。でも今日はやけに気になる。変な胸騒ぎをするような気がする。今日の私は変だ。特に心がドキドキしている。この場を逃れたいがためにこの場を離れるという不自然な行動をするわけにもいかない。耐えるんだ、私。
そもそも、私の部屋に来なくても自分の部屋があるはずだ。一度言ってみたことがあるが、「我が来て困ることでもあるのか」と言われてしまい、それ以上言及することはできなかった。彼は何で私の部屋に来ているんだろう。
紅茶がもうすぐ飲みきってしまう。飲み干した時、私は彼と顔をあわすことになる。どういう顔をしたらいいのか分からない。
(気にしない気にしない! でも気になって仕方ないよ
……)
私らしくない
――そう思っていると、髪が揺れたような感覚がした。
顔をあげると、気がついたらギルガメッシュが目の前にいた。どうやら私の髪を触っているらしい。
「ど、どうしたの?」
あくまで平常心で。落ち着いて応えていけば意識しなくて済むかもしれない。だが、意識は完全に彼に支配されている。
「この髪飾り
……シュシュとやらは誰からもらったのだ?」
そう言ってギルガメッシュはシュシュの手触りを確かめるように触っている。そしてその手は止めない。
「これは、大切な
――」
「『大切な人からもらった』という返答は却下だ。雑種」
上から聞こえてきた声に私は驚きを隠せなかった。まるでマシュと話していたことを知っていたような口ぶりだ。
「そ、それ
……!」
「どんな話をしているのかと様子見してみれば、随分と面白い話をしていたではないか?」
それは盗み聴きしていたと言っているようなものだ。さっきの会話はわざとだったのか。そして、廊下で会ったのは偶然ではなく必然だったのか。通りでマシュがいなくなってタイミングよく現れたなと思った。私の思っていることを知ってか知らずか、ギルガメッシュは私の耳元で言う。
「言え。誰からもらった?」
「そ、それは
……」
言えないわけではない。ただ、何故こんなにも近くにいるんだ。私は手を上げて待ったをかけた。
「ちょ、ち、近い」
「何か問題でもあるのか?」
「いやいやいやいや」
とりあえず落ち着こう。まずは離れよう? 離れて話をしようじゃないか。そう言っても彼は離れようとしない。むしろ近づいてきては私が下がるといったことが続き、ついに背中に壁が当たった。いやいやいや、だからなんでそんなに近づいてくるんだ。胸がドキドキしてきた。これは流石に平常心を保てない。きっと、心拍数もすごいことになっているだろう。
「は、話すから! 話すから
――あっ!」
何か違和感がした。ギルガメッシュの手には私がいつもやっているシュシュがあった。
「話すまでは我が持っておいてやろう」
「返して!」
手を伸ばすが届かない。ギルガメッシュが私の手より上に上げたためだ。そもそも私より背が高い彼に手を上げられたら届くはずがないわけで。まるで取り上げられた小さい子みたいな状態だった。
返して欲しい、と目で訴えても返す様子はない。言わないと本当に返してくれないようだ。数分間そんな状態が続くと私は観念して口を開いた。
「
……それ、お父さんからもらったものなんだ」
カルデアに行く時、父にもらったものだ。めったにもらうことがなかったので私にとっては嬉しかったし、大事にしようと思って今日までつけてきた。なんとなく、お父さんが見守ってくれているような気がするのだ。だからこのシュシュは取り返さないとダメだ。そのシュシュが、家族の形見と言っても過言ではないのだから。
ギルガメッシュは何かを言いたげな表情をして、何かを呟いたような気がするが聞こえなかった。だが、納得したのか、私の手のひらにシュシュを乗せた。
「そういうことならさっさと言えばよかろうものの
……そうさな、貴様はそういう奴だったな」
「え、なんか、ごめん
……?」
彼も粘るのかと思ったのだが、意外とあっさり返してくれたので度肝を抜かれた。
最後は小さくて聞こえなかったけど、少々安堵しているような気がする。
(なんで急にこんなことを?)
気まぐれでこんなことをするだろうか。いや、しないだろう。しかし、大事なシュシュが戻ってくれればなんでもいい。
私は安堵して髪にシュシュを通そうと思った途端、またシュシュがギルガメッシュの手で制した。
なんだろうと首を傾げていると、彼の宝物庫から何かを取り出しているのだろうか、空間が少し歪んでいる。目的の物が見つかったのか、“それ”を私の頭に手を触れた。
「? ギルガメッシュ王?」
「これは気まぐれよ」
「で、でもそれは
――」
ギルガメッシュは財宝ならばなんでも手に取るサーヴァントだ。何故女性の髪飾りを持っているのかは分からないが、持っているということは大事なものだと思う。そんな大事なものを私がもらってもいいのだろうか。
「よい。大事せよ。ふむ
……じっとしていろ」
「う、うん
……?」
彼に言われたまま、じっとしている。すると頭に触れる手からぬくもりを感じる。新しいシュシュを頭につけているようだ。いつも自分でやっているので、誰かにやってもらうことに慣れていないから恥ずかしくなっていく。そんな私の心情を横に、彼は気にせず私の髪を触れている。シュシュをつけ終わったのか、彼が離れた。ギルガメッシュは自慢げにうんうんと頷いている。
「さすが我よ。見繕うのも容易いものよな」
「これ
……」
「気分転換も必要だろう。くれてやる、我に感謝せよ」
「でも、どうしてこんなことを?」
「
――――さぁな。そういう気分だったと、思っておけ」
彼はそう言い、今度こそ私から離れると、部屋を出ていった。私は彼が消えるまでその状況を飲み込めないでいた。
(あの英雄王が、私に?)
財宝ならなんでも自分のものにしようとする暴君が、私にプレゼントした
……いったいどういうことなんだ。でも、その反面嬉しい気持ちがいっぱいだった。
「っ
……!」
私は手のひらにある父から貰ったシュシュと、ギルガメッシュから貰った新しいシュシュに笑みを噛みしめた。
「
……ありがとう」
すでにいないだろう彼に、小さくお礼を言った。
* * * * * *
数日後、私の部屋でマシュとの女子会がまた始まった。前回途中で終わったのでそのリベンジだ。
「この間はすみませんでした。話の途中だったのに」
マシュはジュースを飲みながらそうあやまってくる。急用が入ったのなら仕方ない。
「大丈夫だよ」
「
……先輩、そのシュシュ
――」
マシュが私のシュシュに気がついたのか、シュシュを指して言った。
「前と違う色ですね、どこかで手に入れたんですか?」
いつもやっているシュシュもいいですが、今日やっているシュシュもいいですね、とマシュは褒めてくれた。
「うん、
――『大切な人』からもらったものだからね」
私はギルガメッシュからもらったシュシュに触れながらそう返した。
マシュは私を見て何を思ったのか、それ以上は何も追求することはなかった。
数日後、次のレイシフト先が決まった。
私たちはまた世界を救うために旅立つ。父からもらったシュシュと、なんだかんだ優しい英雄王からもらったシュシュと共に。
「大切なものができたとき」 END
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