吾妻
2023-12-07 23:36:16
3253文字
Public グラブル
 

ミルフィユ・メモワール

ふたみさんへ、お誕生日おめでとうございます。
可愛いユスジタちゃんやグラブルの子たちをいつもごちそうさまです。
また素敵な一年になりますように!

 夕暮れ時。
 朝からギラついた日差しを地上に投げかけていた太陽も、既に水平線の向こうに半分以上沈んでしまっている。
 海面はあたたかな光で染め上げられて、砂浜から太陽まで黄金の道ができているかのようだった。

 ふと、遠くで犬の鳴き声が聞こえた気がして、ジータは光の帯が伸びる海から波打ち際に視線を戻した。
 昼間ほどではないものの、アウギュステの海辺を歩く人々はまだ多く、更に夕暮れ時の薄暗さのせいで、そのほとんどが影法師のように塗り潰されて、個々人の見分けがつかなくなっている。それでも、まっすぐこちらに歩み寄ってくる一人と一匹の姿を見間違えるはずがなかった。
 リードを持つ友人を先導するようにジータの足元までやってきたヴァロは、飛びつきたそうな素振りを見せつつも、行儀よくその場に座った。真っ黒な細い尻尾が、浜の砂を均すように揺れている。
「おかえり。今日は楽しかった?」
 しゃがみこんで視線を合わせ、最近新たに団の仲間入りをした犬の頭を撫でてやると、尻尾が砂をはねのける音が大きくなった。
「そちらはどうだった?」
 穏やかな男の声に、ジータは顔を上げる。
 今日一日、ヴァロと共に海岸とは反対側に位置するドッグランに赴いていたユーステスは、別行動を取っていたジータの“首尾”を問うた。
 ジータは顔の横でピースサインを作って、計画の成功を伝えた。その仕草を何らかの合図と誤解したヴァロが、ジータの指と指の間に鼻先を突っ込む。一拍置いて、ジータとユーステスはほぼ同時に小さく吹き出した。
「トラブルもあったけど、みんなでちゃんとバカンスを満喫できて楽しかった!」
 弾けるような少女の笑顔に、ユーステスも口元を綻ばせる。どうやら、しばらく前から企てていた計画は、無事に完遂されたようだった。


「でも、本当にみんなが言ってた通りでびっくりしちゃった」
 トラブルも含めた今日一日の出来事を振り返りつつ、ジータは思い出し笑いをする。
 真夏のバカンスに誘われた屈強なドラフの困惑や、誘いを断ろうとする際の言い訳まで、皆で彼のための水着を調達しに行った日に交わした予想とほとんど同じだったのだ。
 今日一日、ユーステスたちが別行動を取っていたのも、『あたしたちが一緒だと、絶対に意地張ってグランサイファーから出てこないに決まってるんだから、当日はイルザさんと団長たちに任せとけばいいのよ』というゼタの言葉が実践された形だ。
 その結果、ゼタとベアトリクスはショッピングに、ユーステスはヴァロを伴ってアウギュステ再開発の一環としてオープンしたドッグランに、それぞれ出かけていたのだった。

 水着の好みやサイズだけでなく、遊びに誘われた際の反応まで、“元”組織の面々は、バザラガのことをよく知っている。月との戦いに一区切りがつき、『組織』という母体が解体された今でも、同僚として背を預けあった者たちの間には、確かな絆が存在している。
 それが、ジータにはとても嬉しいことに思えた。
 ジータがやけににこにこと上機嫌なのを見て、ユーステスもまた口の端に笑みを乗せる。
「決して短くない時間を、共に過ごしてきたからな」
 ベタベタと馴れ合う関係ではなかったし、時には険悪になることもあった。
 それでも――いや、だからこそ、長所も短所もよく見えるようになったのかもしれない。
 互いの狡さも弱さも知っている。そんな仲間には、なかなか巡り会えるものではない。

「そういえば、ルリアとビィはどうした?」
 あたりに視線を彷徨わせてから、ユーステスはジータに問いかけた。
 団長の相棒である一人と一匹の姿が、そばには見当たらなかった。
 ジータは、服の裾についた砂を払いながら立ち上がる。
「ふたりとも、光華の準備に連れて行かれちゃって」
 数十分ほど前、丸一日ショッピングを満喫していたゼタとベアトリクスが、どこで調達したのか両手一杯の手持ち光華を持って合流地点にやってきた。
 今日はバザラガをビーチに連れ出すためにバラバラに行動してはいたものの、せっかくのバカンスなのだから、夜くらいはみんなで光華で遊ぼう、と張り切った様子だった。
 陽が落ちるまでにはもう少しかかりそうだし、後始末用のバケツや着火用の火種の準備を先にしたいということで、とルリアとビィはその手伝いに駆り出されて行ったのだった。
 共に準備を手伝おうとしたジータだったが、『待ち合わせ場所に誰もいないのは良くないから』と、この場に残るように言われてしまった。去り際にゼタがウインクを寄越したのを見るに、十中八九気を遣われたのだろうが、仔細をユーステスに説明するのも気恥ずかしかった。
 だが、事細かに説明せずとも、ユーステスは大まかな事情を察したらしい。薄い唇の端に、「やれやれ」とでも言いたげな苦笑が浮かんでいる。
 自由気ままと思われがちな騎空士稼業も、実はそんなに暇ではない。生活を成り立たせるためには実入りが必要で、日々様々な依頼と向き合う必要がある。つまり、丸一日をバカンスに当てられる休日は、年間でも指折り数えるほどしかないのであった。
 せっかくの休みなのだし、少しぐらいは“彼氏”と過ごしなよ、という気遣いなのだろう。ルリアとビィの間で交わされた意味深な目配せも、おそらくは同様の意図に違いない。
 皆の気持ちは素直に嬉しいのだが、一時期の切迫していた状況に比べれば、こうして皆とバカンスを楽しめる余裕ができただけで十分すぎるほど贅沢だと思う。
 だが――
 水平線の向こう側に、溶けかけの太陽が沈んでいく。
 急に、楽しかった一日が終わってしまうのだという実感が湧いてきて、寂しさが込み上げてきた。別に、アウギュステでのバカンスがこれで最後でもあるまいし、大切な人と過ごす日常が、これからも続いていくというのに。
 やがて、太陽が完全に沈んでしまうと、周囲から人々の気配や熱気も薄れていき、物悲しさに拍車がかかる。
「おーい、ジータ~!」
「ユーステスさーん、ヴァロちゃ~ん!」
 寄せては返す波を眺めて黙り込むジータの耳に、遠くから呼びかける声が届いた。
 声の聞こえたほうを見遣ると、少女と子竜の影がこちらに手を振っている。
「そろそろ始めるってよ~!」
 どうやら光華で遊ぶ準備が整ったらしい。
「今行くー!」
 一人と一匹に声を投げ返し、歩き出そうとしたジータの腕を、隣から伸びた男の手が掴んで引き止める。
「えっ、と……、どうかし――
 どうかしたのか。振り返って問い掛けようとしたジータの額に、そっと触れるばかりのキスが落とされた。
 想定外の不意打ちに、ジータは思わず唇の触れた場所を押さえて頬を染める。こういった触れ合いは初めてではないものの、いつまで経っても慣れない。
「そんな顔をするな」
 見上げたユーステスの顔には、深い労りの色がある。
「またいつでも来れる」
 ジータの口元が苦笑で緩む。
 どうやら寂しさに囚われていたことも、その理由も、彼には筒抜けだったらしい。
「どうしてばれちゃったんだろ……
 額を押さえた体勢のままで、ジータは上目遣いにユーステスを見上げる。
 ユーステスは穏やかな笑みを崩さずに、
「それだけ長く、共に過ごしてきたからな」
 と、言った。
……そっか」
 ジータの笑みが苦笑からはにかみへ変わる。
 これまで重ねてきた時間と、これから続いていく未来を思って、嬉しくなった。
「ジータ~!」
 ビィの声が急かす響きに変わる。これ以上待たせるわけにもいかないようだ。
「行くか」
 当たり前のように差し出されたユーステスの手に、ジータは自分の手を重ねた。
 大人しく地面に伏せていたヴァロが、移動の気配を感じ取って立ち上がり、上機嫌に尻尾を振る。
 二人と一匹は、遠くから手招きをする仲間たちの方に向かって、ゆっくりと歩き出した。



【終わり】